「東大大学院修了者も僻地の工場現場勤務」は正しい?日本企業の強さの秘密

少し前、京都大学大学院の工学研究科を修了して就職し、僻地の工場で毎日、作業着と安全靴を装着して働いているというX(旧Twitter)上のポストが話題になっていた。これに対し、
<どの大学出てもメーカー入るとこうなる>
<現場のこと知らんと頭でっかちになるから 現場経験させるのよ>
<工場勤務のときのQCやコスト構造、品質保証などは一生モノの経験になりました>
などと、さまざまな反応が寄せられていた。日本企業では大学院を修了したような高度な理系人材でも、地方の工場の製造現場などの業務に従事させるというのは一般的なことなのか。また、その理由・目的は何なのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
大学・大学院の理系学部・研究科を出てメーカーに勤務する場合、研究・開発や工場の生産管理などに従事するケースが一般的だが、東京大学や京大などの難関大学の大学院修了者でも、まずは工場の生産現場に配属されることは多いのか。人材研究所ディレクターの安藤健氏はいう。
「このような配属は珍しくはありません。メーカーですと組織としては経営企画などの上流工程と、実際にモノをつくる生産ラインなどの下流工程があり、上流工程は『何をどれくらい生産するのか』といったことを思考するという役割を担い、その決定に基づいて実際にモノをつくっていくのが下流工程です。理系の大学院を出たような人材は、採用時点での会社側の期待値としては『ゆくゆくは上流工程で当社はどういう事業をやっていくべきかといった戦略を策定できる人材になってほしい』というものですが、そのような人材になるには、現場がどういう状況になっており、どういう課題が生じていて、会社にどういう強みがあるのかといったことを知る必要があります。
将来的には経営企画や事業立案などに関わってもらうという意図があって、総合職採用とジョブローテーションを行うというのは日本企業特有の“いいこと”なんです。欧米企業などの場合、最初から入り口も違えば、入社した後の配置も違い、上流工程の人は上流だけでやり、下流工程の人は下流だけやるというかたちですが、上流工程は下流工程のことを理解しないまま非現実的な数字目標をつくったり、上と下が分断されるという状態が生まれやすくなります。基本的にジョブ型採用ですと、入社後のポストはずっと変わらないので、工場の作業員は入社20年目でも変わらないわけですね。どんなに能力が高くても基本的にそのポストでずっと変わらない。
短期的な視点では欧米式のやり方のほうが経営効率は高いかもしれませんが、長期的視点で考えると、やはり上流工程の人も現場を知っておいたほうが組織がうまく回りますし、事業が成長します。企業はそういうことをしっかりと見越してやっているのです。また、大学院まで出たけど壁地の工場で作業員を3年ぐらいやることもあれば、高卒で入社して工場勤務になっても、将来的に工場長や本部社員になれる道はあります。そういう意味でいうと、日本企業というのは学歴主義的ではない面もあるのです。
IT業界でも、情報系の大学院を出た人でも最初は現場でプログラミングをやったりするケースはあります。現場に放り込まれた人は『プログラミングなんて大学院のときに身につけているのに』と思うかもしれませんが、会社はプログラミングを学んでもらうために現場に配属しているわけではなく、現場の状況を理解・把握してもらうための研修的な意味合いの期間なのです」
地方の主力工場勤務はエリート社員の証し
大手メーカー管理職はいう。
「かつては文系出身の営業職でも半年ほど地方の工場に配属して、掃除をさせたり製造ラインに従事させたりというケースは多かったですが、大企業も余裕がなくなったこともあり、近年ではかなり減り、工場勤務なしですぐに営業現場に配属する企業は増えました。理系人材でいえば、大学院を出た人でも工場の生産ラインに配属するというのは普通ですし、メーカーは競争力の源泉が工場にあるので、そこに優秀な人材を投入して現場を学ばせるのは当たり前です。主力工場であれば、そこの管理職になるというのは出世コースですし、工場長ポストを経ることが将来、本部の幹部社員になるための登竜門となっている企業もあったくらいなので、むしろ地方の主力工場勤務はエリート社員の証しともいえます」
(文=Business Journal編集部、協力=安藤健/人材研究所ディレクター)