「闇バイト強盗」が生んだ防犯バブル…警備員不足のなかで利益24%増のカラクリ

●この記事のポイント
防犯業界の2025年最終利益は前年比23.7%増の196億円(東京商工リサーチ調査)。闇バイト強盗の急増を背景に、機器売り切り型からサブスク型への転換、警備員不足(有効求人倍率6.70倍)を逆手に取ったAI遠隔監視の普及が、売上高の伸び(6.0%増)を上回る利益増を生んだ構造を解説する。
東京商工リサーチ(TSR)が2026年7月に公表したデータが、防犯業界関係者の間で静かな話題を呼んでいる。全国の主な防犯関連企業(セキュリティ機器の製造・販売などを手がける企業)のうち、5期連続で業績比較が可能な742社を抽出して分析したところ、2025年の最終利益合計は196億円と、前年比23.7%増を記録した。売上高合計も4405億円(前年比6.0%増)で、4期連続の増収となっている。2021年と比較すると、売上高は約2割、最終利益に至っては34.2%も伸びている計算だ。
多くの業界が人件費や資材価格の高騰にあえぐなか、なぜ防犯業界だけが、これほど鮮やかな増益カーブを描けているのか。表面的な理由はわかりやすい。栃木県で2026年5月に発生した強盗殺人事件をはじめ、「闇バイト」を通じて集められた実行犯による強盗事件が相次ぎ、社会全体の防犯意識が高まったからだ。警察庁によれば、2025年の侵入窃盗の認知件数は4万7233件(前年比9.8%増)、このうち住宅対象は1万7152件(同7.2%増)に上り、単純計算で1日あたり47件の侵入窃盗が発生している。
しかし「事件が増えたから、防犯グッズが売れた」という単純な需要曲線だけでは、売上高の伸び(6.0%)を大きく上回る利益の伸び(23.7%)を説明しきれない。人手不足や原材料高が経営を圧迫するのが通例のこのご時世に、なぜ防犯業界は「儲かる構造」を作り上げられたのか。その裏側には、①市場の主戦場の変化、②ビジネスモデルの進化、③人手不足を逆手に取ったDXという、3つの構造変化が折り重なっている。
●目次
- 「法人向け」から「戸建て・一般家庭」へ広がった市場
- 「機器の売り切り」から「ストック型(サブスク)」への転換
- 最大のボトルネック「警備員不足」を逆手に取ったDX
- 防犯ビジネスは一過性の「特需」から「社会インフラ」へ
「法人向け」から「戸建て・一般家庭」へ広がった市場
これまで防犯システムの主戦場は、オフィスビルや店舗、富裕層向け邸宅が中心だった。一般の戸建て住宅にとって、防犯カメラやセキュリティシステムは「あれば安心」程度の任意品という位置づけにとどまっていた。
その構図を塗り替えたのが、宅配業者や点検業者を装って住宅に押し入るなど、手口が多様化・凶悪化した強盗事件の続発である。「知らない誰かが、在宅中の自宅に押し入ってくるかもしれない」という恐怖が、これまで防犯意識の薄かったファミリー層にまで浸透した結果、防犯フィルムやスマートロック、後付け型のセンサーライトといった個人向け需要が急拡大している。
「以前は法人のお客様が中心でしたが、この1〜2年で戸建てのお客様からの問い合わせが明らかに増えました。特徴的なのは、”事件が起きてから警察に通報する”という発想ではなく、”そもそも侵入させない・近づかせない”という水際対策への投資を望む声が強いことです。玄関ドアの補助錠や窓ガラスの防犯フィルムなど、比較的低単価な商材でも、複数点セットでまとめて導入されるケースが増えています」(防犯機器メーカー幹部)
法人という「大口だが数の限られた顧客層」から、数千万世帯規模の「戸建て・一般家庭」という裾野の広い市場へと主戦場が移ったこと自体が、業界全体の売上の底上げにつながっている。
「機器の売り切り」から「ストック型(サブスク)」への転換
もっとも、市場が広がっただけでは、利益率が売上の伸びを上回る理由の説明にはならない。ここで効いてくるのが、防犯ビジネスのモデルそのものの進化だ。
従来型のビジネスは、カメラやセンサーを販売・施工して終わりという「売り切り型」が主流だった。一度売ってしまえば取引はそこで完結し、次の受注のためにはまた新規開拓が必要になる。価格競争にも巻き込まれやすく、利益率を高めにくい構造だった。
これに対し、近年主流になりつつあるのが「機器代金+月額のクラウド利用料+AI解析機能+定期保守」を一体化したパッケージ型のサブスクリプションモデルである。矢野経済研究所の調査によれば、2024年度の監視カメラ・システムの国内市場は前年度比112.8%の2254億円となり、なかでもAIによる画像解析(VCA)とクラウドカメラサービスが市場拡大の中心的な牽引役になっている。スマートフォンアプリで映像をリアルタイム確認できたり、AIが不審な動きを自動検知して通知したりする高付加価値なサービスは、一度契約すると解約されにくいという特性を持つ。毎月の利用料が積み上がっていくストック型収益は、単発の機器販売に比べて限界利益率が高く、業績を下支えする効果が大きい。
「防犯業界の収益構造は、この数年で明らかに変わりました。かつては”売って終わり”のフロー型ビジネスだったのに対し、いまは月額課金によるストック収入の比率を高めるプレイヤーが増えています。一度契約者になってもらえれば、機器の耐用年数を超えて長期的に収益が得られる。この構造転換こそが、売上の伸び以上に利益が伸びている最大の要因だと見ています」(経済ジャーナリスト・岩井裕介氏)
TSRの調査でも、業界関係者が業績好調の背景として「昨今の防犯意識の高まりと、原材料や人件費高騰などで各社が価格転嫁を進めていること」を挙げている。値上げが受け入れられるほど「防犯」の優先順位が消費者・企業双方で上がっている点も、利益率改善を後押ししている。
最大のボトルネック「警備員不足」を逆手に取ったDX
防犯業界の好業績を語るうえで欠かせないのが、隣接する警備業界の深刻な人手不足だ。警察庁が2025年12月にまとめた資料によれば、同年9月時点の警備業の有効求人倍率は6.70倍と、全職業平均の1.10倍を大きく上回る水準にある。求人を出しても、応募がほとんど集まらない構造的な課題を、警備業界は長年抱えてきた。
一見すると、これは業界にとって深刻なマイナス要因に思える。しかし逆説的に、「人を確保できない」からこそ、テクノロジーによる省人化・自動化への投資が一気に加速したという側面がある。1人のオペレーターが数十台のカメラを遠隔監視し、AIが不審な滞留行動や不法侵入の兆候を自動検知したときだけ、人間が確認・対処に動く。こうした「AI監視+遠隔警備」の仕組みは、常駐警備員を配置するコストよりも安く済むケースが多く、警備会社・顧客の双方にメリットがある高利幅ソリューションとして急速に普及しつつある。
実際、警察庁も2025年12月、警備業界向けに「省力化投資促進プラン」を策定し、AIカメラや警備ロボットなど省力化機器の導入支援に乗り出している。同庁の資料でも、警備業は「過酷な労働環境・低賃金のため人手不足が深刻化している」と明記されており、業界を挙げてテクノロジーへのシフトが進んでいる実態がうかがえる。富士経済の調査でも、セキュリティ関連技術を活用したDXシステム・ソリューション市場は、2024年の1414億円から2029年には75.7%増の2484億円に拡大すると予測されており、住宅や製造現場、建設現場など幅広い分野での利用拡大が見込まれている。
ある警備会社の経営者はこう語る。
「正直に言えば、人を採用できないことが、結果的に会社の利益体質を強くしました。警備員を張り付けるコストは年々上がる一方ですが、AIカメラと遠隔監視センターを組み合わせれば、少人数で広い範囲をカバーできる。お客様にとっても、常駐警備よりコストを抑えられるケースが多く、双方にメリットがある提案として受け入れられています」
防犯ビジネスは一過性の「特需」から「社会インフラ」へ
ここまで見てきたように、防犯業界の好業績は、単なる一時的な「事件特需」ではない。「社会の不安の高まり(需要)」「サブスク化による収益構造の転換(ビジネスモデル)」「人手不足を起点にしたAI遠隔警備の普及(DX)」という3つの要因が同時に噛み合った結果としての、構造的な高収益化だと捉えるのが実態に近い。
一方で、この変化は新たな課題も生み出しつつある。まず懸念されるのが、防犯にコストをかけられる層とかけられない層のあいだに生まれる「防犯格差」だ。月額課金型のサービスは、初期費用に加えて継続的な支出が前提となるため、経済的に余裕のある世帯ほど手厚い防犯対策を講じやすくなる。侵入窃盗・強盗のリスクが、支払い能力によって偏在するような構図が固定化すれば、社会全体としての防犯力の底上げにはつながりにくい。
もう一つの課題は、テクノロジー依存そのものが抱えるリスクだ。クラウド経由で映像を確認・記録する仕組みは、通信障害が発生した際に機能が止まってしまう可能性がある。また、ネットワークに接続された防犯カメラそのものが、サイバー攻撃の標的となるリスクも指摘されている。侵入者から住まいや資産を守るための機器が、別の経路から狙われるという皮肉な事態を避けるためにも、防犯機器メーカーやサービス事業者には、物理的な防犯性能だけでなく、通信の冗長性やサイバーセキュリティ対策への継続的な投資が求められる。
「闇バイト強盗」への恐怖が社会に広がるなか、防犯業界が急成長を遂げていること自体は、多くの人にとって歓迎すべき側面もあるだろう。ただし、その成長を支える構造を正しく理解しておくことは、消費者が防犯サービスを選ぶうえでも、業界の持続可能性を考えるうえでも、決して無駄にはならないはずだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済ジャーナリスト)











