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ポスコ640億円「国内最大電炉」完工…EU炭素規制が迫る鉄鋼業の大転換と、日本の自動車用鋼板市場に迫る脅威

2026.06.28 05:55 2026.06.27 19:26 企業
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岡野晃司/鉄鋼・脱炭素アナリスト

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●この記事のポイント
韓国ポスコが光陽製鉄所に約640億円を投じ、年産250万トンの国内最大電炉を完工。EU炭素国境調整措置(CBAM)への対応と自動車用高級鋼板市場への参入が狙いだが、韓国の再生可能エネルギー比率11.4%という電源構成の課題と、世界的な鉄スクラップ争奪戦という二つの構造的難題が立ちはだかる。

 韓国鉄鋼最大手のポスコ(POSCO)が2026年、全羅南道・光陽製鉄所に年産250万トン規模の電気炉(電炉)を完工させた。総投資額は約6,000億ウォン(約640億円)、延べ27万人が携わった韓国国内最大規模の設備だ。同社の試算では、従来の高炉生産と比べてCO2排出量を最大75%削減できるという。

 この報道に対して「脱炭素への先進的な投資」と評価する見方は多い。しかし、ビジネスの実態を正確に読み解けば、そこには複数の構造的な問題が絡み合っていることが見えてくる。単純な「環境投資」の物語では捉えきれない、鉄鋼業界の地殻変動と競争力争いがここにある。

●目次

EUの「炭素関税」が引き金を引いた

 ポスコが電炉シフトを急ぐ背景には、EUが導入した「炭素国境調整措置(CBAM)」の圧力がある。CBAMとは、EU域外で製造された製品に含まれるCO2排出量に応じて輸入業者が証書を購入・納付する義務を負う制度で、2023年10月から移行期間が始まり、2026年1月に本格適用が開始された。対象は鉄鋼・アルミニウム・セメントなど6分野。さらに欧州委員会は2025年12月、2028年以降に貨物自動車や産業機械を含む鋼材・アルミ加工品180品目への拡大案を提示している。

 要するに「高炉で大量のCO2を排出して作った鉄鋼」をEUへ輸出すれば、その分だけ炭素コストが上乗せされる仕組みだ。EU向け輸出に依存するアジアの鉄鋼メーカーにとって、電炉シフトは「環境への貢献」である以前に、欧州市場へのアクセスを維持するための不可欠な条件になりつつある。

「CBAMは産業政策としての側面も持つ。中長期的にはEU域内の鉄鋼産業を保護しつつ、域外企業には低炭素化への設備投資を迫る構図だ」(鉄鋼・脱炭素アナリストの岡野晃司氏)

 ポスコの640億円の投資は、そうした外部圧力への対応として読むのが現実的だ。同社はポスコHDのチャン・イノウア会長が2026年3月の株主総会で「困難な経営環境のなかで中長期的な成長基盤を確保すべく努めた」と述べたように、収益環境が厳しいなかで将来の市場参加資格を守るための先行投資に踏み切った。

「電炉の鉄は汚い」という常識を崩す「合湯技術」

 電炉の最大の弱点は、これまで「品質」にあった。電炉は鉄スクラップ(廃鉄)を原料とするため不純物が混入しやすく、引張強度の高いハイテン材(高張力鋼)に代表される自動車用高級鋼板の製造には不向きとされてきた。この分野は、精製度の高い高炉で鉄鉱石から一貫製造できる日本製鉄やJFEスチールなど日本メーカーの独壇場であり続けてきた。

 ポスコが今回の電炉に組み込んだのが「合湯(ごうとう)技術」だ。電炉で生産した溶鉄と、高炉由来の溶鉄を適正な比率で混ぜ合わせることで不純物を希釈・制御し、高品質な鋼材を製造することを可能にする技術である。同社はこの技術を活用し、2030年までに自動車用鋼板や電磁鋼板などハイテク製品の商業生産を開始することを8つの戦略的優先事項の一つとして明確に位置づけた。

 自動車メーカー各社はサプライチェーン全体でのCO2削減(Scope 3)への対応を求められており、調達する鉄鋼の「炭素含有量」が発注基準に組み込まれ始めている。もしポスコが低炭素かつ高品質な自動車用鋼板を先行して量産できれば、日本のメーカーが長年守ってきた市場の優位性は直接的な脅威にさらされる。

「日本の高炉メーカーが持つ技術力と品質管理は依然として高い水準にあるが、低炭素化のスピードで後れをとれば、自動車メーカーの調達先選定において競争的劣位に立たされる可能性がある」(同)

構造的課題(1)——「その電気はどこから来るのか」

 ただし、電炉シフトの「脱炭素効果」を額面通りに受け取ることには慎重な視点が必要だ。電炉は石炭を燃やす代わりに、大量の電力を消費する。問題は、その電力をどの電源から調達するかにある。

 2025年時点で、韓国の総発電量に占める再生可能エネルギーの割合は約11.4%にとどまる。石炭火力とLNG(液化天然ガス)火力が引き続き電力の過半を担っており、韓国政府は2040年までに石炭火力発電所60カ所を段階的に閉鎖する計画を示してはいるが、2030年時点の再生可能エネルギー目標も20%であり、転換のペースは緩やかだ。

 つまり、製鉄所でのCO2排出量を大幅に削減しても、その電炉を動かす電力が火力発電由来であれば、CO2の「発生場所」が製鉄所から発電所に移動しているに過ぎない側面がある。CBAMの算定方式はScope 2(電力使用に伴う間接排出)も対象に含めており、この問題はポスコ自身も認識しているはずだ。

「電炉の脱炭素効果を最大化するには、グリーン電力の調達が前提条件となる。韓国の再生可能エネルギーの現状を踏まえると、製炉プロセスの転換だけでは脱炭素の完結には至らない。電力調達の構造改革と、電炉投資が同時に進むことが不可欠だ」(エネルギー研究・政策アナリストの田代隆盛氏)

 ポスコは浦項製鉄所での水素還元直接製鉄(HyREX)パイロットプラント建設も進めており、2028年に年産30万トン規模での稼働を目指している。長期的な脱炭素への意志は示されているが、グリーン電力問題の解決なくして「真の低炭素鉄鋼」を名乗ることは難しい。

構造的課題(2)——世界で激化する「鉄スクラップ争奪戦」

 電炉の主原料は鉄スクラップだ。かつては廃材同然に扱われていたこの資源が今、脱炭素潮流のなかで「都市鉱山の戦略物資」へと地位を高めている。

 世界各国の鉄鋼メーカーが一斉に電炉シフトを加速させた結果、鉄スクラップの需給はタイトな状態が続いている。2026年の国内市況でも、東京製鉄が2022年5月以来約4年ぶりの全品種値上げに踏み切るなど、コスト上昇圧力が現実のものとなっている。

 注目すべきは日本の立ち位置だ。日本はアメリカ、英国に次ぐ世界有数の鉄スクラップ輸出大国である。高炉に依存する生産構造を持ちながら、廃鋼の発生量は多い——その”矛盾”が生み出す輸出余剰が、韓国・東南アジアなどへ向けて流れている。2026年1〜4月累計の韓国向け輸出量は35万トンに達している。

 ポスコの巨大電炉が本格稼働し、需要量が増えれば、韓国側の買い付け価格は引き上げられる。これは日本のスクラップ相場全体を押し上げ、国内の電炉メーカーのコストを直撃する。日本が輸出するスクラップが韓国の競合を利し、そのコスト高騰が日本の電炉業者の競争力を損なうという逆説的な構図が生まれうる。

 さらに、CBAMへの対応を意識した国際市場では、鉄スクラップの「出所と製造履歴の証明」が求められるようになっている。単に安く大量に確保できればよい時代は終わり、品質・トレーサビリティが問われる新たな調達競争が始まっている。

日本鉄鋼業に残された選択肢

 こうした状況に対し、日本の鉄鋼メーカーは手をこまねいているわけではない。日本製鉄は電炉技術と高炉技術の融合による高級鋼材の製造に取り組み、水素還元製鉄の技術開発も進めている。JFEスチールは、電炉で高級鋼材を製造するための独自技術の開発を進めている。日本全体の電炉生産比率は現在約26〜28%と世界平均(約29%)をやや下回るが、逆に言えば、高炉技術の蓄積という強みをベースに差別化を図る余地も残っている。

「日本の強みは高炉で積み上げた冶金技術のノウハウにある。電炉技術だけを追いかけるのではなく、水素還元や電炉・高炉の複合技術で他社が真似できない品質を実現することが、長期的な競争優位につながる」(岡野氏)

 問題は「スピード」だ。自動車メーカーの脱炭素調達基準が年々厳しくなるなか、技術開発のタイムラインが市場の変化に追いつかなければ、品質面での優位性は発揮される前に市場シェアを失いかねない。

問われるのは「コストと資源のリアリティ」

 ポスコの640億円電炉投資は、鉄鋼業界における脱炭素競争の本格化を示すひとつの象徴だ。この投資の真の意義は「環境への配慮」だけではなく、欧州規制への適応と高付加価値市場への参入という二つの戦略目標の同時追求にある。

 ただし、その前途には二つの構造的な難題が横たわっている。グリーン電力の不足と、世界規模で激化する鉄スクラップ争奪戦だ。これらは一企業の努力だけでは解決できない、国家エネルギー政策やグローバルなサプライチェーン再編と直結した問題である。

 脱炭素は「目標として正しい」としても、それを実現するコストと資源の制約から目を背けることは、現実のビジネスリスクを見誤ることに直結する。ポスコの戦略的挑戦を正確に読み解くことは、グローバルな産業競争の構造変化を理解するための、格好の事例研究となっている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岡野晃司/鉄鋼・脱炭素アナリスト)

岡野晃司/鉄鋼・脱炭素アナリスト

大手鉄鋼メーカーで素材開発に長年従事。退職後は素材調達や鉄鋼脱炭素のコンサルタントなどを行う。

公開:2026.06.28 05:55