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アニメ「聖地巡礼」が地方を救う?なぜ不便な地方ほどインバウンドに選ばれるのか

2026.06.27 06:00 2026.06.26 20:17 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅郁夫/観光政策アナリスト

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●この記事のポイント
訪日外国人の8.1%、年間299万人がアニメ聖地を訪問し、インバウンド消費9.5兆円の一端を担う。日経「聖地力」ランキング首位の洞爺湖町など地方自治体が躍進する背景には、不便さが生む「達成感」と高い消費意欲がある。持続的誘客の条件と課題を解説する。

 日本経済新聞が独自の指標を用いて全国約160の自治体を評価した「アニメ聖地力」ランキングが5月に報じられると、注目を集めた。首位に北海道洞爺湖町、2位に岐阜県白川村といった、いずれも主要国際空港から数時間を要する地方自治体が並んだことで、観光業界に一つの問いが突きつけられた——なぜ「不便な地方」がこれほどまでに世界のファンを引きつけるのか。

 その問いに答えるカギは、インバウンド観光の構造変化にある。

●目次

数字が示す「アニメ聖地」の実力

 まず、市場全体の規模を確認しておきたい。観光庁の「インバウンド消費動向調査(2024年年次報告書)」によると、訪日外国人の8.1%が日本滞在中に映画・アニメゆかりの地を訪問しており、その人数は年間約299万人に上ると推計されている。2019年時点の同割合が4.6%であったことを踏まえると、コロナ禍を経てアニメツーリズムの需要は急速に拡大してきたことがわかる。

 また2025年には、訪日外国人数が4268万人を超え、インバウンド消費総額も9.5兆円と過去最高を更新した。こうした記録更新を支える要因の一つとして、アニメをきっかけとした地方部への誘客が着実に機能し始めている。

 さらにNetflixが2025年のAnime Expoで公表したデータによれば、同プラットフォームにおけるアニメの年間視聴回数は2024年に10億回を超えた。日本のアニメは今や欧米・中東・東南アジアを含む世界規模のコンテンツとなっており、その熱量が日本の地方観光という実需に転換されつつある。

なぜ「地方の聖地」はこれほど強いのか

「不便さ」が付加価値に変わるとき

 アニメファンの聖地巡礼には、通常の観光動機とは異なる心理が働く。観光地域づくりや地域ブランド研究を専門とする研究者らが指摘するのは、「達成感」という付加価値の機能だ。

 アクセスが困難であればあるほど、ファンは「ついにここにたどり着いた」という特別な満足感を得やすい。ゲームのクリア画面にも似た感覚は、観光地としての希少性とほぼ同義であり、むしろ不便さそのものがブランド価値を高める逆説的な構造を生んでいる。

  観光政策アナリストの湯浅郁夫氏はこう整理する。

「有名な観光地を『消費』するのとは異なり、聖地巡礼は作品世界への没入が目的です。そのため、静かな環境や、開発されていない原風景こそが高い評価を受ける。このロジックは、従来型の観光振興の発想とはまったく逆です」

消費単価が高く、リピートしやすい

 観光庁のデータが示すように、アニメファンは現地でのグッズ購入、宿泊、飲食への支出志向が非常に強い。埼玉県春日部市の事例が端的に示す通り、2025年度に同市の観光案内所を訪れた外国人は前年度比1.5倍の約3万6800人に達し、その大半がマンガ・アニメ『クレヨンしんちゃん』の聖地巡礼が目的だった。SNSによる情報拡散が新規客を呼び込み、さらにリピーターが生まれるという好循環は、地方部における滞在型観光の理想形と言えるだろう。

 先行する成功事例として頻繁に挙げられる埼玉県久喜市(鷲宮神社)のケースでは、アニメ『らき☆すた』の放映以降、鷲宮神社の正月初詣参拝者数が放送前の13万人から最大45万人へと増加し、10年間で約31億円の経済波及効果をもたらしたと日本政策投資銀行が試算している。

受け入れ側の成功構造

北海道洞爺湖町:「オタクカルチャー」を地域の文化にした町

 洞爺湖町は、単にアニメの舞台に選ばれた地域ではない。長年にわたり「洞爺湖マンガ・アニメフェスタ(TMAF)」を開催し、地域全体でサブカルチャーを受け入れる文化的土壌を育ててきた。温泉街と美しい湖畔という自然資源に加え、ファンが「住民と交流できる場」を持つことで、一過性の訪問が繰り返しの来訪へと転換されやすい構造ができている。

 インバウンド対応という観点でも、多言語の案内整備や宿泊施設との連携が進んでおり、「聖地力」を総合的に高めることに成功した自治体として注目を集めている。

岐阜県白川村:世界遺産×サブカルチャーの希少な共存

 白川村はユネスコ世界遺産「白川郷の合掌造り集落」という既存の強力な観光資産を持つ。そこにアニメ『ひぐらしのなく頃に』の舞台としてのディープなファン層が加わり、従来型観光客とアニメファンが交差する特異な観光地となった。

 伝統的な景観とサブカルチャーが共存するこの構図は、双方の観光客層に「ここでしか得られない体験」を提供するという意味で、地方の観光振興における一つの理想型だ。観光と文化保護が緊張関係を持ちやすい世界遺産地区において、この共存が比較的うまく機能している点は注目に値する。

次に伸びる地域の条件——「潜在聖地力」の三要素

 では、今後インバウンド誘致においてさらなる伸びしろが期待される地域には、どのような共通点があるのか。現状のトレンドと専門家の知見を踏まえると、以下の三つの条件が浮かび上がる。

(1)アクセスの「ちょうどよい困難さ」がある地域

「近すぎず、遠すぎず」の距離感が、達成感を生む。主要空港や新幹線駅から2〜3時間圏内で、交通手段が限られていても存在すること——これがアニメファンの「旅の目的地」として機能しやすい条件となる。東北の山間部、四国の沿岸地域、九州の離島などはこの観点から潜在力が高い。

(2)自然と伝統建築が残り、「撮影映え」する風景がある地域

 新海誠監督作品に代表されるように、近年ヒットするアニメは精緻な背景美術が特徴であり、その舞台には「写真として成立する非日常的な風景」が求められる。観光庁の調査では、訪日外国人が旅行情報を得る媒体として「動画サイト(35.5%)」「SNS(33.4%)」が上位を占めており、SNSで映えるロケーションであることがインバウンド誘客の初動として重要性を増している。

(3)「版権元との丁寧な関係構築」と「ファンをリピーターにする仕組み」を持つ自治体

 アニメの放送終了後も訪問者が絶えない地域に共通するのは、制作会社や版権元との信頼関係を地道に構築し、住民を巻き込んだ形での継続的な取り組みを続けているという点だ。限定スタンプラリー、キャラクターと地元の伝統工芸を組み合わせたグッズ開発、ファンが地域住民と直接交流できるイベントの設計——こうした取り組みが「ブームの消費」を「関係人口の創出」へと転換させる。

「聖地力」を持続させるための課題

 一方で、アニメツーリズムには無視できない課題もある。

 静かな自然環境や「手つかずの景観」こそが魅力である地域ほど、急激な観光客流入によってその価値が毀損されるリスクがある。ゴミ、騒音、交通渋滞、私有地への無断立ち入りといった問題は、国内外の聖地で繰り返し報告されてきた。観光地域づくりの専門家は「オーバーツーリズムの芽は、ブームの初期段階に摘まなければならない。住民の理解なしに持続可能な観光は成立しない」と指摘する。

 また、アニメ作品の人気サイクルは決して長くない。作品の放送終了とともに訪問者数が急減するリスクを避けるには、「温泉」「食文化」「人との交流」といった地域固有の魅力とのクロスセルが不可欠だ。聖地巡礼をきっかけに訪れたファンが、次回以降は地域そのものの魅力を目的に再訪するような動線を設計できた自治体だけが、長期的な恩恵を受けることができる。

 全国のアニメ聖地巡礼の経済効果を取り込もうとする動きは、2025年に聖地88か所の選定を行う都道府県が36と過去最多に並ぶなど、加速する一方だ。政府も2024年9月のコンテンツ産業官民協議会でアニメを日本の基幹コンテンツとして位置づけており、官民連携の取り組みは今後さらに活発化が予想される。

インバウンドの地図が塗り替わる

 日本のアニメは、地方が長年「弱点」と位置づけてきた要素——辺鄙なロケーション、開発されていない景観、人口の少なさ——を、一転して世界のファンを引き寄せる「強み」へと変換する力を持っている。

 インバウンド消費が自動車産業に次ぐ外貨獲得産業にまで成長した今、その恩恵をどこが取り込むかは、都市部と地方の観光競争力を左右する戦略的問題でもある。「どんな作品の聖地になるか」という偶発性に依存するだけでなく、受け入れ態勢の整備と住民を巻き込んだ持続的な仕組みづくりを先行して行う自治体が、次世代のインバウンド誘致を牽引していくことになるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅郁夫/観光政策アナリスト)

公開:2026.06.27 06:00