ある医師が自身の給与をネット上で公開し、話題を呼んでいる。月の総支給額が124万2000円で、そこから社会保険、税金として35万5102円が差し引かれ、差引支給額は88万6893円。投稿者によれば、これが医師の平均的な給与額だといい、「少なすぎ」「平均でこれ? もっともらっているかと」「思ったより貰っているな」などと、さまざまな反応が寄せられている。ちなみに厚生労働省発表の令和4年度の「賃金構造基本統計調査」によれば、医師の平均月収(きまって支給する現金給与額)は109万6100円となっている。
高給という印象が強い医師だが、その仕事は多忙を極め、仕事量に対し給与額が見合っていないという声も聞く。また勤続年数や専門科、勤務先によっても給与額は変化してくるだろう。そこで今回は医療ガバナンス研究所所属で公益財団法人ときわ会常磐病院の医師・尾崎章彦氏に、医師の給与事情について聞いた。
都市部よりも地方の病院のほうが高給の理由
地域や勤務先によって給与の水準は大きく変わってくるという。
「前提として、医師の勤務先は主に大学病院、民間病院、開業医の3つに分かれます。一般的には、開業医の年収が最も高く、大学病院など規模の大きい病院ほど安くなりやすい傾向にあります。ちなみに開業医になれば、年収が2000万円をオーバーすることも珍しくありません。一方、大学病院はというと、一般に給料は低くなりがちです。ただ、医師の世界では伝統的に大学病院での勤務を希望する医師は少なくないんです。
また地域による収入格差も大きい。一般に、生活や子育てのことを考え、都市部で働きたいと考える医師は多いです。そのため、都市部では医師の供給数が多く、給与が低くなる傾向にあります。地方の場合、人手不足が深刻化しているので、人材獲得のために高い給与を提示せざるをえないという状況になっています」(尾崎氏)
医師の給与はどのように上がっていくのか。
「医学部を卒業後2年間は、初期研修を受けながら研修医として働くことになります。そこでの給料の金額は、研修先の病院によって差が大きいです。たとえば賃金構造基本統計調査における25~29歳の医師の所定内給与額を見てみると、月収は42万2200円となっていますが、地方で医師不足の激しい病院となると60万円ほどで募集するところもあります。そこから専攻医としての研修を受けたり、資格や医療技術を取得していったりするにつれて、給与額が増えていく、というのが医師の順当なキャリアプラン。医師の平均年収が1400万円ほどといわれていますが、30代後半から40代前半の世代にもなれば、それくらいに到達するようになってきます。
ただし40代後半から50代で役員や幹部になると、逆に減収となる可能性もあります。というのも、役職手当は付くのですが、それまで認められていた残業代が支給されなくなることが多いからです。残業で稼いでいた医師からすると、けっこうな痛手ですね。加えて、キャリアの先が見えてきたり、体力的にも厳しくなってくる。そのため、大病院で幹部になるよりも、開業医として独立するキャリアを選ぶ医師も出てくるワケです」(同)
資格や技術習得、アルバイト…医師の年収事情
資格や医療技術の習得は医師の市場価値を高め、高収入につながりやすい。
「ある手術のスペシャリストとして大成したいのであれば、がんセンターなどのハイボリュームセンター(手術件数の多い病院)に就職し、手術経験を積むことが近道といえます。また病院によって、精通している病種や疾患が異なるケースも多いので、その分野に強い先生がどれだけいるのか、年間どれくらいの手術を行っているのか、チェックするのが望ましいでしょう。中には、国内留学という名目で、現在勤めている病院から別の病院へと短期的に研修に行くような医師もいます。所属病院と交渉してみることで新たな道が拓ける可能性もあります」(同)
また診療科によって、給与が変わることも珍しくない。やや古いデータになるが、2011年に労働政策研究・研究機構が実施した「勤務医の就労実態と意識に関する調査」によれば、最も稼げる診療科は脳神経外科で年収は約1480万円。次いで産科・婦人科の約1466万円、外科の約1374万円となっている。では、現状でかなり潤っているといえる診療科はどこなのか。
「個人的には放射線科だと思います。放射線科はX線、CT、MRIなどの画像撮影・診断を行ったり、放射線を使用してがん治療を施したりする診療科です。診療科の医師は、X線撮影を歩合制で受け持つことが多く、実際に私の知人でも病院勤務の傍ら、副業で多く稼いでいる医師が存在します。その知人は本業とそのアルバイトで年収4000万円ほどになっていましたね」(同)
このように本業のほかに、医師資格を活かした副業、アルバイトをこなして、収入を上げるケースも珍しくはないそうだ。
「医療法では、病院の管理者において、医師を当直させることが義務づけられています。当直業務とは、一般に、夜間の病棟や救急対応を指しますが、その病院に所属する医師のみならず、外部の医師も、アルバイトとして対応します。主に常勤医に課せられる週1度の休みである『研究日』にアルバイトしに来る方が多いですね。またコロナ禍がひどかった時期には、ワクチン接種アルバイトの募集も盛んに行われていました。もちろん多くの医師は使命感で従事していたと思いますが、極めて時給が高いスポットのバイトもあったようです」(同)
高給だが男女間での給与格差はまだまだ根深い
医師の給与額は、その仕事量や命を預かる責任などを考慮すると、妥当な金額といえるのか。
「勤め先や担当科、キャリアなどの理由によりケースバイケースですので、はっきりと申し上げることは難しいですね。ただ、一般に医師の給与は日本人の平均年収よりかなり高い水準ですし、それ相応の報酬はいただけているという認識です。その年代で求められるスキルを身につけていれば、まず食いっぱぐれることはない業界と言えるのではないでしょうか。ただ、そもそも医師という仕事は、患者さんの命を預かる仕事です。精神的に負担を感じてしまい、バーンアウトしてしまう方もいるようです。」(同)
一方、男女間の給与格差は依然として存在するようだ。令和4年度の賃金構造基本統計調査をもとに、医師における男女の年収を割り出してみよう。「きまって支給する現金給与額×12+年間賞与その他特別給与額」で算出したところ、男性が1514万8100円であるのに対し、女性が1138万3700円と女性のほうが400万円ほど少ない結果となっている。
「出産、子育てなど、女性はライフイベントが多くなってしまうため、退職、休職して職場を離れる割合が高くなりがちです。加えて、何年も現場から離れると、『復帰したけれど、医療の進歩になかなかキャッチアップできない』といった厳しい現実に直面する可能性もあります。残念ながら、専門医の制度などは女性目線で作られているとは言えません。女性医師が、ライフイベントを重ねつつも着実にキャリアを積めるようなプランの策定が急務であり、この問題に業界全体で取り組まなければいけないと私は考えています」(同)