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「勝ち方の移植者」が賭けるサステナビリティ市場…Veeva流・垂直SaaSの方程式は、サステナスタートアップを制するか

2026.06.12 05:55 2026.06.11 22:55 企業
取材・文=昼間たかし
「勝ち方の移植者」が賭けるサステナビリティ市場…Veeva流・垂直SaaSの方程式は、サステナスタートアップを制するかの画像1
岡村崇氏

●この記事のポイント
製薬業界特化SaaSの雄・Veevaのグローバル経営チーム初期メンバーとして「HPもない状態から口コミだけで業界No.1」を体験した岡村崇氏が、その勝ち方の方程式をサステナビリティ市場に移植しようとしていると語る。アドバイザーという安全地帯を捨て、39歳CEOのBooostに実行者として飛び込んだ理由を「人、それだけです」と言い切る。成功した経営者が再び「ぶれない経営者」に賭ける理由が、ここにある。

 2027年3月期から、時価総額3兆円以上のプライム上場企業約70社を皮切りに、サステナビリティ関連財務情報の開示義務化が始まる。翌年には約200社、さらにその翌年には約300社へと対象は広がり、最終的には東証プライム全約1600社が射程に入る。

 この潮流をいち早く捉え、大手企業向けサステナビリティERP市場でシェアNo.1(年商5000億円以上の企業群、2025年度予測25.4%)に立つのが、Booost株式会社だ。95カ国・約6500社・19万7000拠点以上への導入実績を持ち、ESGデータの収集から財務インパクトの可視化まで、企業のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を一気通貫で支える。

 その経営チームに、異色の経歴を持つ男がいる。岡村崇上級執行役員 Chief of Staff and VP of Strategyだ。1992年に大手外資系コンピューター会社に入社し、イギリス駐在を経て、2011年に製薬業界特化SaaSの雄・Veevaの日本立ち上げに参画。以来、グローバル経営チームの初期メンバーとして「HPもない状態から口コミとコミュニティだけで業界No.1」になる瞬間を体で知る、日本でほぼ唯一の人物だ。

 Veevaで積んだ「垂直SaaSの勝ち方」を、今度はサステナビリティ市場に移植する。その賭けの勝算と、50代のエグゼクティブが再び実行者として飛び込んだ理由を聞いた。

●目次

「HPもない状態から業界No.1へ」——Veevaが垂直市場を制した本当の理由

 なぜVeevaは、SalesforceやOracleが届かなかった領域を制することができたのか。岡村氏に問うと、答えは意外なほどシンプルだった。

「やっぱり市場が狭いということはまずありますよね。2011年当時、業界別のSaaSというのはそんなになかった。製薬業界のように規制が厳しい垂直市場は、汎用のシステムではなかなか入り込めない。でもその分、業界の担当者同士、経営者同士がすごく近しい関係なんです。競合同士でも仲がいい」

 その「狭さ」こそが、Veevaの武器だった。担当者同士がつながっているということは、1社での成功が口コミとなって次の案件を連れてくる。岡村氏が「コミュニティセリング」と呼ぶこの手法は、大量の営業を雇って事例ができたらマーケティング費用をかけて広める、という典型的なSaaSの勝ちパターンとは一線を画している。

「顧客にきちんと向き合って、1つのお客様でプロジェクトが成功して企業価値が上がったというのがあれば、もう自ずと次の案件はお客様からお客様を連れてくる、という感じになる。まさしくVeevaでやっていたのはそういうことです」

 ただし、この連鎖には裏がある。

「逆回転し始めると怖いんです。悪い評判が立って、みんな避けるようになってしまう」

 コミュニティは剣だ。うまく使えば最速の武器になるが、刃を誤ればそのまま自分に返ってくる。岡村氏はその両面を、体で知っている。

方程式は移植できるか——SSBJ義務化とVeevaの規制環境

 さて、Veevaが勝った条件について岡村氏の整理は明快だ。

「規制がドライバーになっている」

「コミュニティが広いようで狭い」

「専門性が高い領域だからこそ、それがちゃんとあれば知名度が低くても受け入れられる」

 そして、この3条件は、そのままBooostのサステナビリティ市場にも当てはまると見ているというのだ。

「規制がドライバーになっているところは、すごく似ていますね。ただ、サステナビリティがちょっと違うのは、最終的なゴールと言いましょうか、最適解がまだあまりはっきりと見えていない」

 VeevaはFDAを頂点とする製薬業界の規制という「答えが決まった試験」を戦った。一方、SSBJは2027年に始まるとはいえ、規制の細部はまだ固まりきっていない。岡村氏はそれを「これから1、2年のうちにかなり見えてくる」と読んでいる。

 参照軸として、岡村氏が挙げるのがヨーロッパだ。CSRD(企業サステナビリティ報告指令)を軸に規制の整備が先行するEUは、日本が手本にすべきモデルだと言う。

「アメリカは政治によってかなりぶれる。民主党政権から共和党になって、サステナビリティなんかいらないよとなった。でもヨーロッパは小さい国がいっぱい集まった集合体なので、規制はかっちりする傾向がある。日本がモデルにするのは、全業種においてもヨーロッパの方ではないかと個人的には思っています」

 製薬業界も同じ構造だったと岡村氏は続ける。アメリカの規制、ヨーロッパの規制、そして日本固有の規制が重なり合いながら市場が形成されていった。サステナビリティ市場もその轍を踏む可能性が高い。

 そして専門性という武器については、Booostはすでに手を打っている。ITバックグラウンドだけでなく、コンサルティング、エネルギー業界出身者が揃い、全社で100人規模まで成長した。「サステナビリティもわかって、規制もわかって、ITもわかって、プロジェクトもわかる」完璧な人材は少ない。だからこそ、コアを引き抜いてチームを作り、そこから育てていく……Veeva日本立ち上げ時と同じ手順を、岡村氏は今また踏んでいる。

「人で選んだ」——アドバイザーを捨て、39歳CEOに賭けた理由

 外資系コンピューター会社でのイギリス駐在、シリコンバレー系ソフト会社でのセールスマネジメント、そしてVeevaの日本立ち上げ。岡村氏のキャリアは、一貫してグローバルSaaSの最前線にあった。40歳でVeevaに参画し、日本市場を育て上げた後、複数スタートアップ社のアドバイザーとして関わる立場に移っていた。

 そこにBooostとの出会いがあった。2024年1月からアドバイザーとして関わり始め、経営承認フローの整備やGo-to-Marketモデルの構築を青井CEOや経営チームに伝えた。そして関係は深まり、岡村氏はアドバイザーの立場を捨て、実行者として乗り込むことを決めた。

 その決め手を問うと、迷わず言葉が出てきた。

「最終的には人ですかね。それ以外に、向き合っているマーケットとか、製品のロードマップとか、色々ありましたけれども、やはり最終的には人で選んだと言いますか、経営者としてぶれていないというところが」

 ぶれていないーー。その言葉に込められた重みを、岡村氏は自分の経験から語る。製品とマーケットの組み合わせを変えたくなる瞬間は、スタートアップ経営者には必ず訪れる。投資家のプレッシャー、社員の声、顧客の要求……それらに揉まれて、昨日と今日で言うことが変わる経営者を、岡村氏はこれまで何人も見てきた。

「青井CEOは初めからエンタープライズ領域でやりたいと言っていた。サステナビリティのエンド・トゥ・エンドのソリューションを会社として提供していきたいというビジョンが、すごくはっきりしていた。2023年に話した時でも、2026年の頭に話した時でも、基本的に言っていることは変わっていなかった」

 AIブームに乗じてアプリケーション開発をやめてSaaSビジネスをAIサービスに転換する企業が続出する中、Booostはぶれなかった。岡村氏にとって、それが最大の確信だった。

「ぶれない」ということ——成功者が成功者に賭けるとき

 岡村氏が今まで見てきた「成功した人たち」には、共通点があるという。

「グーグルにしても、アマゾンのAWSにしても、アップルにしても、みんなぶれていないですよね。ただ、その途中では皆さん挫折をして」

 アマゾンのベゾスが「インターネット専業、決済はクレジットカードだけ」と言い張っていた90年代、誰がそれを信じただろう。ぶれない経営者は、往々にして最初は異端に見える。岡村氏の目には、青井CEOもその系譜に映っている。

 Chief of Staffという役職も、岡村氏にとっては自然な選択だった。イギリスに駐在していた20代、アメリカ企業のロンドン拠点で初めてその働き方を目の当たりにした。社長の意思決定を支え、戦略を実行に落とし込む——それは「意見番」ではなく「実行者」の仕事だ。

「意見番プラス、やっぱり自分でも手を動かせる。そこが重要です」

 今月、Booostのアライアンス責任者として60代のベテランが入社したと岡村氏は言う。Salesforce、ServiceNow、DatabricksといったグローバルSaaS企業で執行役員を歴任してきた人物だ。「日本のスタートアップをグローバルレベルに打ち上げたい」その一心で、実行者として戻ってきた。

 岡村氏が選んだ道と重なる。

シニア人材の再起動——スタートアップが求める経験とは

 日本に、「眠れる経験資産」がある。大企業で実績を積み、50代・60代を迎えた人材が、アドバイザーや顧問という形で関わりながらも、本当の意味では「実行者」に戻れていない。

 岡村氏はその構造を、自分自身の言葉で語る。

「コンサルティング会社の中でのサステナグループの位置づけって、必ずしもトップじゃないんですね。マーケットサイズ的にちょっと小さいみたいな位置づけになっちゃっている。でも当社みたいな、幅の広い製品群とコンサルティングが一緒になることによって、大企業に大きな仕組みを導入することができる。それが大きな魅力の一つかなと思いますね」

 そして、こう続けた。

「50代後半だからといって諦める必要は全然なくて、特にコンサルティング会社でも自分のキャリアは終わったなって思っている人こそ、当社みたいな会社に来ると結構生き生きとすると思いますよ。大企業で役職定年を迎えて、あー定年を数えるばかりだな、もうちょっと仕事したいなって思っているエキスパートの方は、多分すごくいいと思います」

 岡村氏の言葉は、自らの体験から来ている。

 Veevaで積み上げた型を手に、50代で再び実行者として飛び込んだ男は、今日もBooostのオフィスで手を動かしている。「勝ち方を持つ」とは、過去の栄光に座ることではない。それを次の戦場に持ち込み、また一から証明しようとすることだ。

 サステナビリティ市場という新たな垂直世界で、方程式の移植は始まったばかりだ。

(取材・文=昼間たかし)

昼間たかし

昼間たかし/ルポライター、著作家

 1975年岡山県生まれ。ルポライター、著作家。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。

X:@quadrumviro

公開:2026.06.12 05:55