アウディの初代「A1」がデビューしたのは今から8年前だというから、モデルサイクルとしては長い。だからこそなのか、アウディはA1のキャラクターをガラリと入れ替えてきたように思う。
ボディサイズは、先代に対して全長を55mmの伸ばしたにすぎない。全幅も全高も先代と共通である。ただ、ホイールベースは95mmも延長された。つまり、前後に長く伸びやかなディメンションになり、その内訳は主に室内長にあてられている。それが証拠に、室内空間は広く感じる。荷室も容量が増やされている。デートカーとしての行動範囲が広くなったのである。
ただし、A1を並の“可愛いクルマ”とするのは過ちである。凝縮感ある丸っこいボディや、ヴィヴィットなカラーバリエーションに騙されてはならない。道行く人が撫でたくなるほどの小犬のような愛おしさではなく、俊敏なフットワークと驚くほど跳躍力を持つフリスビードッグのような身体能力を秘めているのである。
試乗車は「A1スポーツバック35TFSI S LINE」だった。スポーツ度を高めたグレードである。搭載するエンジンは直列4気筒で、先代の1.4リッターから1.5リッターへと排気量アップした新開発ユニットだ。最高出力は150PS/5000-6000rpm、最大トルクは250Nm/1500-3500rpmで、デュアルクラッチ式の7段Sトロニックと組み合わせられる。
このエンジンがよく吠える。数値的には大人しい。今どき150PSは、エコカーでも得られる数字だ。だが、ターボチャージャーが強烈な過給圧を送り込み、数値以上のトルクを感じる。いまだにその数字が控えめすぎるのではないかと疑っている。
特性はドカンと破裂するタイプである。アクセルオンの直後に、一瞬のタメをつくって炸裂する。刺激的なサウンドが加わることで、さらに興奮度は増す。電光石火の変速が自慢のデュアルクラッチミッションは7速に刻まれているから、小気味好いシフトワークが楽しめる。デートカーとしてかごの中にとどめておくのは惜しい。
さらに刺激的なのは、ハンドリングが激しく硬派なのだ。ステアリング応答性は鋭く、サスペンションも硬く、ロールは規制されている。限界を引き出そうと躍起になっても、限界の気配すら見えないのだ。
タイヤが悲鳴を上げそうになるまで追い込んでも、ステアリング応答性が薄れない。いつなんどきでも、ステアリングを切り込めばノーズが反応する。ということはつまり、限界領域でテールスライドに陥るのではないかとお尻がムズムズする。だからその先には踏み込まなかった。それほどに、ドライバーの感覚を超えて刺激的に振る舞い、スリリングな挙動を見舞うのである。
実はそれも、走り出す前に覚悟をしていた。というのも、新型A1のフロントには、1984年に世界ラリー選手権を席巻した「アウディ・クワトロ」の面影が漂うのだ。直列5気筒2.1リッターターボは、当時としては強烈なパワーユニットであり、だからこそ熱対策が必要だった。そのためにアウディは、ボンネットにエア・インレットを3分割で開けた。それへのオマージュが最近復活した。アウディ初のミッドシップスポーツカー「R8」にも採用されている3分割のエア・インレットを確認したときに、「これは何かあるぞ」と身構えたのである。
その予感は正しかった。A1のキュートな印象は隠れ蓑であり、その中には強烈なモータースポーツ魂が宿っているのだ。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)