4月30日、米アップルのティム・クックCEO(最高経営責任者)、米IBMのバージニア・ロメッティCEOと共同で記者会見し、日本でIT(情報技術)を活用した高齢者向けサービスを展開するために業務提携すると発表した。郵便局のネットワークを活用した実証実験を10月から半年間行う。北海道や山梨県など6道県の高齢者1000人を対象に、アップルのタブレット端末「iPad」を配布し、簡単な操作で買い物支援などを頼めるようにする。郵便局は買い物代行のために職員を派遣し、IBMは高齢者専用に開発したアプリケーションを提供する。
実証実験の結果を踏まえ、2016年度から本格展開をする考えだ。今回の提携は、高齢先進国の日本でサービスを展開したい米2社が日本郵政に働きかけ、実現した。今秋に株式上場を目指す日本郵政は、事業の幅を広げるために提案を受け入れた。
巨額投資
持ち株会社の日本郵政と傘下の事業会社、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険は、今秋に株式公開を控えている。もともと官業のため規制が厳しく、上場するには「成長戦略不在」との批判がつきまとう。
そうした批判を払拭するために、巨額投資に打って出た。郵政グループは15年から3年間で約2兆円の投資を計画している。内訳は施設・設備投資が6700億円、システム投資が4200億円、不動産開発投資が700億円、成長に資する戦略的投資が8000億円で合計1兆9600億円である。
戦略的投資の目玉が、豪物流大手の買収である。今年2月、傘下の子会社である日本郵便が6200億円を投じ、トール・ホールディングスを買収すると発表した。日本郵便の売上高は2兆8000億円。トールとの単純合計で売上高は3兆6000億円となり、世界第5位の物流企業になる。西室社長は「グローバルに生き抜くための第一歩」と胸を張った。
海外の大型M&A(合併・買収)につきものなのが、のれん代だ。6200億円の巨額買収で、のれん代は3000億円超発生する見込みだ。日本の会計基準では、最長20年間の償却でも年間償却額は150億円必要になる。買収する日本郵便の15年3月期の経常利益予想は60億円にすぎない。日本郵便が連結決算を公表すれば、のれんの償却負担で営業利益や経常利益が赤字になる可能性もある。日本郵政が上場した途端に日本郵便の営業赤字が明らかになれば、株価に重大な影響を及ぼしかねない。そこで、日本郵政はIFRS(国際会計基準)を採用することにした。IFRSを採用すれば、のれん代の償却負担がなくなり、営業利益を年間150億円程度押し上げることができるからだ。
グローバル企業を目指す大企業がIFRSを採用するのは、のれん代の償却負担から逃れられるからだ。だが、IFRSには落とし穴がある。買収した企業や事業が不振に陥れば、一気に減損処理をしなければならなくなる。
地方銀行への多大な影響
日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険が上場した場合、政府が保有する株式の初回売却額は約1~2兆円になるとみられている。1987年のNTT、98年NTTドコモに次ぐ超大型案件となる可能性が高い。
ゆうちょ銀行の上場で影響を受けるのは銀行、特に地方銀行だ。ゆうちょ銀行は大規模融資が禁じられており、預金は1000万円までとされている。それでも14年12月時点の郵便貯金は179兆円。メガバンクの三菱UFJフィナンシャル・グループの預金量を上回る。しかし、貸し出しはわずか3兆円弱で、ほとんどが国債の購入に充てられているため、収益面で民間金融機関に勝つことは難しいとされてきた。
そこで、ゆうちょ銀行は上場に備えて運用資産の構成を見直す。昨年末時点で郵便貯金を含め205兆円ある運用資産のうち、半分以上の110兆円を安全資産の日本国債に振り向けてきたが、今後は収益力のアップを狙ってリスク資産の割合を増やす。次の焦点は、上場して名実ともに完全民営化となった時点で、規制が緩和されるかどうかという点だ。そうなれれば、地方の金融機関は大打撃を被ることになる。
TPPの規制対象
政府が株式の50%超を保有する日本郵政や成田国際空港会社が、TPP(環太平洋経済連携協定)の国有企業規制の対象に入る見通しとなった。日本郵政はTPPの発効後、物品やサービスを売買する際に、外国企業も日本企業と同等に扱うことを求められる。外国企業だけに割高な運送料を設定したり、保険商品販売で除外したりすることができなくなる。海外進出する時に、政府が補助金を使って支援することも制限される。
だが、上場により政府の保有比率が50%以下になれば、TPPの規制対象から外れる。日本郵政グループの今秋の株式上場は、待ったなしなのである。
(文=編集部)