仏フィガロ紙は<(日産自動車の)ブルータスが追いやられた>と西川廣人社長兼CEOの事実上の“解任”を辛辣に報じた。
9月11日付朝日新聞朝刊の「天声人語」は、次のように書いた。
<おいおい、その立場に置かれて言うセリフと違うだろ。(中略)立場と発言の間に落差を感じてしまう。日産自動車の西川廣人社長である。会長だったゴーン被告が昨年逮捕された直後にこう言った。「1人に権限が集中しすぎた」「長年にわたる統治の負の側面と言わざるを得ない」。おいおい、あなたはその会長に引き立てられ、社長をしていたんじゃないか。株主総会でも一部から退陣を求められたが、「日産の将来に向けた責任を果たさなければいけない」などと突っぱねた>
<そんな西川氏に新たな問題が出現した。不当に上乗せされた報酬を受け取っていたことが判明した。報酬は日産の株価に連動しており、基準となる日を1週間ずらすだけで4700万円が増額されたという。まさにお手盛り?いや、ゴーン前会長はじめ9人の役員が同様のやり方で不正報酬を得ていたというから「グループ盛り」か。巨大の企業私物化があり、そのおこぼれである>
<結局辞任せざるを得なくなった西川氏は会見で述べた。「日産の負の部分をすべて取り除くことができずバトンタッチすることになり、大変申し訳ない」。自分が負の部分かも、とは考えもしないらしい。ずっこけたくなる>
長々と「天声人語」を引用したのは、“日産事件”の核心を衝(つ)いており、西川廣人という人物の本質を鋭く抉り出しているからだ。
西川自身は9月10日の取締役会で「いまの状況から『即座の辞任』をお願いした」(木村康取締役会議長=社外取締役)と、詰め腹を切られるとは、つゆほども思っていなかった。社外取締役が即時辞任へと議論を主導したのは、「このまま(西川の続投で)いったら日産はもたない」との強い危機感があったからだ。「危機的な状況だ。今すぐ結論を出すべきだ」と早期の辞任論に同調する意見が相次いだ、と伝わってくる。
報酬不正の問題はカルロス・ゴーンと西川が同じ穴のムジナであることを示している。不正が発覚したから西川の求心力が急に低下したわけではない。もう、ギリギリのところまで来ていたのに、それを西川は自覚できなかった。経営者に一番必要な感性というか、先見性が鈍ってしまっていた。「もともとなかった」(日産の元役員)ともいう。
ブルータスはカエサル(シーザー)を暗殺した後、ローマを追われた。最後は、フィリッピの戦いで、カエサルの養子であるオクタヴィアスらに敗れ、自殺する。日産のブルータスに経営者としての死があるとすれば、逮捕だが、どうもそれはなさそうだ。ゴーン裁判における検察(東京地検)と日産の共同歩調が崩れない限り、西川の逮捕はない、と法曹関係者は見ている。
外堀は完全に埋められていた
日産は6月末の株主総会で業務執行と監督を分離する指名委員会等設置会社に移行。「指名」「報酬」「監査」の3委員会を設けた。ルノーはジャンドミニク・スナール会長が指名委、ティエリー・ボロレCEOが監査委の椅子を確保した。
ゴーンは17年4月、“ゴーンチルドレン”と呼ばれる西川を社長に選んだ。西川に関しては、ゴーン前会長の不正を見逃してきた責任を問う声が根強かった。6月25日の株主総会では、取締役としての再任の賛成率は78%にとどまり、候補者11人中最低だった。西川の取締役再任議案に日本生命保険と大手信託3行が反対。三菱UFJ信託銀行とみずほ信託銀行、三井住友トラスト・ホールディングスの子会社の三井住友トラスト・アセットマネジメントである。三菱UFJ信託は「日産の不祥事に関して(西川氏にも)責任があると考える」とした。三井住友トラストは「(ゴーン事件など)一連の騒動のガバナンスに問題がある」と指摘した。外堀は完全に埋められていたのだ。
西川についてもう少し書く。社長に就任してからの業績は右肩下がり、今回、赤字寸前にまで落ち込んだ。2019年9月中間決算では赤字転落も取り沙汰されている。西川の経営責任を問う声が一段と高まる中で、報酬不正の発覚である。即刻アウトの状況だったのだ。
指名委員会で西川の後継者選びが始まった。指名委員会は経済産業省出身の豊田正和が委員長。委員はレーサーの井原慶子、ソニー・インタラクティブエンタテイメント元会長のアンドリュー・ハウス、取締役会議長のJXTGホールデイングス相談役の木村康、元みずほ信託銀行副社長の永井素夫、取締役会副議長でルノー取締役会長のジャンドミニク・スナールで構成されている。
キーマンはルノーのスナールと木村康だろう。豊田にポスト西川を見つけられるかにかかっているが、スナールが拒否権を発動する場面も予想される。豊田が「2カ月、10月末までならば(西川の後任社長を)なんとかできる」と述べたことから、ポスト西川の正式決定が10月末になったという経緯がある。
報酬の不正受給がなくても、業績悪化を受けて西川の交代は避けられなかった。ルノーのスナール会長としては、統合賛成派をトップに据えたいだろう。日産とルノーの統合をめぐる主戦場は指名委に移った。
現在、日産は大規模なリストラ策を進めている。世界の14拠点で生産ラインの縮小などを進め、稼働率を69%から86%に引き上げる。「過剰能力200万台」と指摘されていた世界の生産能力を18年度から60万台削減し、22年度までに660万台体制とする。新興市場に本格的に投入する予定の「DATSUN」ブランドなど、販売不振の小型車を中心に生産モデル数を10%以上減らす。これに伴い、世界の従業員数の約10%にあたる1万2500人以上の人員削減に踏み切る。このリストラ策は1999年、カルロス・ゴーンが公表した「日産リバイバルプラン」以来となる。この時は「聖域なき改革」を謳い文句に2万人を削減、国内5工場を閉鎖した。
ルノーの統合案は親子上場解消につながる?
日産自動車に43%出資している仏ルノーは、実質的な親会社に当たる。日産は東京市場、ルノーはパリ市場に上場しており、国際的な親子上場といえる。利益相反の問題を抱えており、資本関係の見直しとルノー優位の体制からの脱却が図れるかどうかが焦点となっていた。
6月にルノーとFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)の統合交渉が破談した直後、ルノーと日産は出資比率見直しの協議を、限られた人数で始めている。米ウォール・ストリート・ジャーナルは、<ルノー側は日産に対し、FCAとの統合を容認できる条件を示すよう要請。協議は早ければ9月にも暫定合意する可能性がある一方、年末までもつれ込むこともあり得る>と報じた。だが、西川“解任”でこの協議は大幅に遅れることになろう。
皮肉な見方になるが、ルノーの統合案が通れば、国際的な親子上場解消という大義名分が成り立つ。統合新会社がパリと東京に同時上場すればいい。
日産・ルノー問題における、もう1人の重要人物はフランスのマクロン大統領である。彼は「日産を大統領選を有利にするための切り札と考えている」(在パリの自動車担当のアナリスト)。2020年3月決算がまとまる頃までに日産が独立性を、なんとか維持できる線で結論が出れば、日本側の勝利である。
ルノーとFCAが経営統合するということは「日産が新しい巨大な組織に埋没するということ。完全に新会社(=ルノー)の軍門に下ることを意味する」(大手自動車メーカーのトップ)。
(敬称略、文=有森隆/ジャーナリスト)