2019年は“ブラック校則”という言葉が注目を浴びた。髪型、服装、行動に至るまで細かく管理する校則は理不尽だとして、インターネット上をはじめとして生徒たちの人権を侵害するような校則は撤廃すべきという機運が高まった。11月に公開された映画『ブラック校則』(松竹)では、生まれつきの栗色の髪を黒く染めるように強要された女子生徒が不登校となったことをきっかけに、生徒たちが校則の改定に乗り出す模様が描かれた。
昭和時代には、「男子は坊主頭」「女子はおかっぱ」といった校則もあった。特に女子は前髪の長さやスカート丈、ソックスの色など身なりに関する厳しい規則が多くある学校も珍しくなかった。
厳しい校則は、非行防止、学生らしい服装、規律を学ぶ、など理由はさまざまにあると思われるが、生徒たちにしてみれば窮屈な思いをすることもあるのではないだろうか。それでも、規則を破ればなんらかの処分を受けるため、しぶしぶながらも従っている人が多いのではないか。だが、例えば髪型を「坊主頭」に限定することは、そもそも日本国憲法の三原則のひとつ、「基本的人権の尊重」に反するのではないだろうか。
紳法律事務所の丸山紳弁護士は「ケースバイケース」だと語る。
「この校則に従う児童や生徒の年齢、判断能力にもよりますし、校則を定めた目的によっても判断が異なります。合理性が認められれば合憲、そうでなければ違憲になる可能性が高いです。
実は、丸坊主を強制する校則の違憲性が問われた裁判があります。地裁では『違憲ではない』という判決が下されました。一方で、別の裁判では最高裁が『校則は心構えを言ったにすぎず、守らなくてもいい』といった趣旨の判決が出ています。つまり、義務を果たさなくてもいいとは言いつつ、違憲性については明言していません」(丸山氏)
必ずしも違憲とはいえないようだが、教師が違反者を無理やり押さえつけて丸刈りにした場合は、暴行、強要罪に問われる可能性もあるという。
こうした理不尽な校則は、今でもネット上で話題になりやすい。たとえば、下着の色を白でなければならないと定めている学校がテレビ番組で取り上げられたが、他人に見せるものではない下着の色を指定することは違憲ではないのだろうか。
「これも合理性次第といえます。たとえば、ブラウスの上から透けないようにとの配慮から白かベージュ、などと定めているとすれば目的が合理的だと理解できますが、そうではない場合は不合理と判断されるかもしれません」(同)
学生にとっては理不尽と思えるような校則でも、明確な目的のもとに定められている場合、必ずしも不合理とはいえないというわけだ。しかし、校則の合理性については、法律の専門家の間でも意見が分かれることも多い。
さらに、近年では性の多様化を許容しようとの社会的背景を受けて、制服を男女に分けず自由に選べるようにする学校が出てくるなど、校則の在り方も変わってきている。ほかにも、「ポニーテールは禁止」「マフラーの使用不可」といった校則のある学校で、根拠を尋ねると学校側の誰も答えられないという例も複数指摘されている。
いまや坊主頭に限定するような校則はほとんど聞かなくなった。時代や社会の変化と共に常識や倫理観も変わっていく。校則もある程度柔軟に改変するべきものなのかもしれない。
(文=編集部)