新たな火種?
ここにきてフォードが日本市場からの撤退を決定したのは、マツダとの関係が変化してきたことも大きい。フォードの現在のトップであるマーク・フィールズ最高経営責任者(CEO)は、マツダで国内マーケティングの責任者を務めた後、マツダの社長に就任した。フィールズCEOは「日本市場のことを熟知しており、フォードが日本で成功することの難しさを理解していた」(マツダ役員)。これまでフォードが日本に踏みとどまってきたのは、日本にマツダがあったことが大きい。
フォードは以前、フォード車の日本での販売を担当するフォード・ジャパン・リミテッドとは別に、マツダとの調整や渉外的な機能を持つフォード本社の事務所も置いていた。この事務所ではフォード・ジャパン・リミテッドの従業員も入れないほどセキュリティを厳重にしており、フォード本社からの指示を直接受けてマツダのほか、日本国内に本社を置く自動車メーカーとの交渉を行ったり、関連情報を収集する前線部隊の役割を担っていたという。
しかし、フォードはリーマンショック後の経営不振で33.4%保有していたマツダ株式の一部を売却、10年には中国事業をめぐってマツダの筆頭株主から降りざるを得なくなり、出資比率を3.5%にまで引き下げた。その後、マツダが独自経営によって販売が上向き業績も順調に推移すると、北米での合弁工場でのマツダ車の生産を終了するなど、フォードとマツダは関係解消に向かう。
そして、15年にフォードは保有していたマツダの全株式を売却し、マツダとの関係を解消したことから、フォードが日本国内に拠点を置く意味も薄れてきた。こうしたことから、日本を熟知するフィールズCEOが日本からの全面撤退を決めるまでに時間はかからなかった。
日本と米国はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)で大筋同意し、今後各国が批准して発効することになる。ただ、米議会の承認を得ることが難航するのは必至だ。こうしたなかで、フォードの日本市場撤退は「日本市場は閉鎖的」(フォード)なことを象徴するものとして、TPPに反対する議員にとって格好の材料となる可能性もある。日米両政府が自動車貿易摩擦の新たな火種を抱え込むことになりかねないと懸念する声もある。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)