ディー・エヌ・エー(DeNA)傘下のプロ野球球団、横浜DeNAベイスターズの本拠地「横浜スタジアム」を運営する株式会社横浜スタジアムのTOB(株式公開買い付け)が成立した。DeNA子会社の株式会社横浜DeNAベイスターズが球場運営会社を買収したもので、米大リーグ流のボールパーク構想に向けて一歩前進することになる。
TOB価格は1株1500円で、応募期間は2015月11日24日から16年1月20日までだった。発行済み株式の7割強の応募があり、持ち株比率は76.87%に達し、買収には74億2500万円を要した。
これまではテレビ朝日ホールディングス、横浜DeNAベイスターズ、東京放送ホールディングス、フジ・メディア・ホールディングス、横浜市が各々5.75%、横浜銀行が4.89%、大林組、鹿島建設、清水建設、大成建設、竹中工務店がそれぞれ0.86%保有していた。
テレビ局やゼネコンはTOBに応じても、地元の横浜市や横浜銀行は難しいとみられていた。株式の62%を握る個人株主のうち、500人以上の賛同が得られるかどうかにTOBの正否がかかっていた。1978年に完成した横浜スタジアムは、市民から集めた1株500円、総額20億円の出資金を原資に建てられたため、個人株主が圧倒的に多い。
スタジアムの建設のために横浜市内を駆けずり回った地元経済界の発起人たちには、横浜市民の資金で建てた球場を東京の資本に売り渡すことに抵抗があったといわれている。とはいえ、ほとんどの株の名義は、当初の出資者の子供や孫に替わっている。個人株主向けに合計4回の説明会を開いたほか、株主一人ひとりに電話での説得や自宅訪問を繰り返して応募を促してきた。株主の特権であるスタジアムで野球観戦できる権利を23年まで保証したことが決め手となったという説もあるが、いずれにしても個人株主の8割近くがTOBに賛成した。
観客数が増えても野球は赤字
DeNAの野球事業は、現在は赤字である。15年3月期の売上高にあたる売上収益は77億円となっており、営業段階で12億円の赤字だ。15年4~12月期の売上収益は84億円で、前年同期比13%増となった。15年シーズンの観客動員数が181万人に達し、前年比17.6%増となったことが寄与した。ベイスターズの観客の前年比の伸び率は、全12球団中最高だった。
前半戦は絶好調で1位をキープしていた。後半に入り順位が下がっても観客動員は衰えなかった。DeNAのマーケティング戦略が奏功したといえる。
トイレを改修して女性客を増やし、ゆったり座れるボックスシートで仕事帰りの会社員を呼び込んだ。かつてのオーナー企業のマルハ(現マルハニチロ)やTBS(現東京放送ホールディングス)に比べて、DeNAが若者に身近な企業だったことも観客増につながったとの分析がある。
それでも15年4~12月期の営業利益は1億円の赤字で、通期(16年3月期)では赤字がもっと膨らむとみられている。試合がある4~9月以外のオフシーズンは収入が激減するからだ。
放映権への依存から脱却を図る
プロ野球の経営が厳しいのはDeNAだけではない。読売ジャイアンツ、福岡ソフトバンクホークス、広島東洋カープなどを除き、多くの球団が赤字体質だ。
広島東洋カープは、企業ではなくマツダの創業家がオーナーとなっており、プロ野球唯一の市民球団で赤字補填が難しいことから、ケチケチ経営に徹し黒字経営を続けてきた。選手の平均年俸は12球団で最も低く、14年の流行語にもなった「カープ女子」などの工夫を凝らした話題づくりでファンを増やした。本拠地のマツダスタジアムの収容人員は最大3万3000人だが、1試合平均3万人と常に9割が埋まる状況だ。
球団経営は入場チケットに加え、テレビなどの放映権、キャラクターグッズの売り上げが収入の3本柱で、なかでも年間シートが最大の収入源だ。各球団が年間シートの販売に力を入れているのはそのためだ。
かつてテレビの放映権だけで経営が成り立っていた時代があった。特にジャイアンツ戦は1試合1億円以上といわれており、貴重な収入源だった。しかし、視聴率が低迷しテレビ中継が減少したことで、放映権に頼ることができなくなった。そのため、球場に足を運んでもらえる工夫をしなければ収益の確保は難しくなったのだ。
広島カープはカープ女子のほかにも34種類もの趣向を凝らしたテラス、福岡ソフトバンクは来場者にレプリカユニホームを提供するイベント「鷹の祭典」など観客を呼び込む工夫を凝らしている。DeNAは、ヘルメットや帽子の無料配布や小中学生を対象とした野球教室に力を入れてきた。
球団の赤字を球場の黒字で補填
球団と球場の一体運営が球団運営を安定させる切り札となる。これは大リーグが実証してきたことだ。オリックス・バファローズを運営するオリックスは06年に90億円で「京セラドーム大阪」を、ホークスを運営するソフトバンクは12年に870億円で「ヤフオクドーム」を取得。DeNAの「横浜スタジアム」買収も同じ流れである。
球団の赤字を球場の黒字で補填するのが狙いだ。DeNAは球場を連結子会社にすることで、スタジアムの企業看板などの広告収入や飲食店の売り上げ、さらには野球以外の興行による収入を取り込む。
横浜スタジアムの15年1月期の売上高は36億4400万円、純利益は3億5000万円で、1株当たり25円の配当をしている。これからは、この利益が横浜DeNAベイスターズの連結決算に上乗せされる。
今後は、座席を球団カラーのブルーで統一したり、球場内の飲食店の構成を見直す。設備改修や耐震補強工事を含め数十億円を投資する予定だ。
大リーグの各球場は、ベースボールを見るためだけの施設ではない。楽しむための場というコンセプトがある。親と一緒にやって来る子供たちを楽しませるイベントも多い。有名選手と交流しながら、その選手のグッズを買うための大型物販店もある。小さな子供が大好きな食べ物も用意されている。だから「ボールパーク」と呼ばれているのだ。
DeNAは、横浜スタジアムを大リーグ流のボールパークにする構想を着々と進めることになる。
ボールパークとは何か
大リーグのボールパークの実態を見てみよう。
ボストン・レッドソックスは、長年オーナーを務めた人物の名前が球場前の通りについている。この通りでさまざまなエンターテインメントを繰り広げ、ファンをスタジアムの外でも楽しませている。
サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地「AT&Tパーク」のレフト後方には「リトル・ジャイアンツパーク」があり、子供が遊べるようになっている。大きなコカ・コーラのビンの中は滑り台になっていて、滑り台を含めて利用できるのは3~7歳までだ。センター後方にはテレビゲームを楽しめるコーナーもある。子供を飽きさせない仕掛けが満載なのだ。
日本でも、東北楽天ゴールデンイーグルスや千葉ロッテマリーンズがボールパークを目指している。ロッテは、球場内の食事のレベルを高め、花火を上げるなどのエンターテインメントを実施している。野球の試合に勝つことも大事だが、それ以外でも観客を楽しませる工夫をしている。
横浜ベイスターズは、DeNAと一体になってボールパークづくりを加速させる。そのためには、スタジアムに入るまでのワクワク感、試合中に楽しむエンターテインメント、食事、座席の座り心地……、さらにスタッフの対応も重要になる。
ボールパーク構想とは、つまるところ球場にいる間に受けるサービスがトータルで最大となるような取り組みを指すのである。球場における実際の体験が、ファンの期待を上回ることで「良いサービス」と評価されることになる。
良いサービスかどうかは、観客の主観で決まる。観客の期待値(ニーズ)をいかに的確につかむかということが勝負となる。
球場買収でDeNA本体に利益が発生
DeNAによる横浜スタジアム買収の最大のポイントは、DeNA本体が多額の利益を手にすることだ。横浜スタジアムの純資産は159億5700万円で、1株当たりの純資産は2123円に達する。だが、DeNAは1株当たり1500円、総額74億2500万円で買収した。
株主説明会では「TOB価格は安すぎる。1株当たりの純資産を3割も下回る」と不満の声が挙がった。とはいっても未公開株であるため、いつでも自由に売却できるわけではない。7割以上の応募があったことからみて、「今が売り時」と判断した個人株主が多かったということだろう。DeNAは安い買い物をしたといわれている。
非上場会社を買収する場合、買収価格と純資産の差額をのれん代として計上する。通常は買収価格が純資産を上回るが、今回の買収は逆だ。買収価格が純資産を下回るため、負ののれん代が発生する。実額は未定だが、株式の評価額や取得比率を考慮すると10数億円が負ののれん代となる想定だ。DeNAが採用している国際会計基準では、負ののれん代は全額利益に計上できる。そのため、今回の買収では、DeNA本体が多額の利益を手にできることになる。
DeNAは本業のゲーム事業の採算が悪化し、16年3月期の連結純利益は前期比21%減の118億円になる見通し。球場の買収が利益カサ上げの“隠し玉”になるかもしれない。
(文=編集部)