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「本屋なんか必要ない…」ある書店を襲った壊滅的悲劇と奇跡…天井剥がれ大量の本が水浸し

文=諸山誠/図書新聞
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 店では客たちに無料のコーヒーをふるまった。見ず知らずの彼らがコーヒーを手に、自然に会話していた。「自宅の本棚が倒れて本が散乱している」と話す客が何気に本を購入していく。

震災直後は、食べること、寝ること、身を守ることだけを考えていました。ここではコーヒーを飲んだり、本を読んだり、話をしたり、日常生活に触れることができます。それで、ほっとされていたように思います」(同)

 徐々に訪れる客は増え、無料のコーヒーに対して「金を払う」と言いだす常連客も現れ、まだ開店していない喫茶スペースのカウンターに居座りだす人も。5月末には、ひとまず震災前の営業に戻すことができた。

 しかし、田尻さんは今秋にも同店を今の6割ほどのスペースの物件に移転するという。現在の場所から徒歩で行ける範囲だが、超一等地ではないようだ。そのきっかけは多くの作家の友人であり、見ず知らずの顧客だった。

 詩人の伊藤比呂美氏(熊本文学隊隊長)、作家の姜信子氏、写真家の川内倫子氏らから、イベントを開催して集めた収益金を橙書店に寄付するという「橙プロジェクト」をスタートすると持ちかけられた。だが、「引っ越して経営を立て直そうと考えています。大丈夫ですから」とその申し出を断った。

 ほかにも何人もの作家から支援の申し出を受けたが、断るのに一苦労したという。さらには「昔、この店に来たから編集者になれた」という名前も知らない客から手紙をもらうこともしばしば。震災を機にこうした支援話が頻繁に舞い込んでくるようになったという。

「ありがたいんですが、ここを潰してはいけないというプレッシャーがものすごい。それまでは、ダメになったときはなったときで、と思っていました。ですが、そういうわけにもいかないと思うようになりました。新しい場所は、ここほど一等地ではありませんので、売上は落ちると思います。家賃は今よりも安いので、その落ち幅で今後、どうなるかが決まります」(同)
(文=諸山誠/図書新聞)

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