ウィズコロナ時代には、新型コロナウイルスと共生していく新しい生活様式が求められています。100年前に流行したスペイン風邪の例でいえば、約2年間にわたって3回の大流行が起きたといわれています。東京では感染者数が再び増加傾向にあるにもかかわらず、政府は景気対策として消費を促進するために約1兆円以上の予算で「Go Toトラベルャンペーン」を7月22日から行う予定です。このため今後、全国で感染が拡大する危険性を指摘する声もあります。一度収束しても再び第2波、第3波が来る危険性を企業としては覚悟しておく必要があります。
世界の業界トップ企業はまだ模索中であるものの、急激な売上減少に見舞われるなか、スピード感をもって新しいビジネスモデルにチャレンジしているようです。前回は世界最大のアパレルメーカーと飲食店のビジネスモデルの転換について取り上げました。今回は日本でもお馴染みのフードデリバリー(食品配達)事業と配車事業のウーバーと、米国最大手の小売業であるウォルマートの最新の経営戦略について取り上げます。
ウーバーは同業のフードデリバリー事業者を買収
配車サービスのウーバー(Uber Technologies)は7月に同業のポストメイツを26.5億ドル(日本円で約2800億円)相当の全株式取引で買収することで合意したとの報道がありました。さらに中南米やカナダで、同社のアプリから食料品などの宅配注文もできるようにしたことを発表しました。
ウーバーCEOのダラ・コスロシャヒ氏は「ウーバーとポストメイツのようなプラットフォームは、食品の配達だけでなく、地域の商取引やコミュニティの非常に重要な部分になる可能性があるという信念を共有してきました。COVID-19のような危機においては、さらに重要です。ポストメイツをウーバーファミリーに迎えて、全国の消費者、配達人、商人により良い体験を提供するために革新を重ねるのを楽しみにしています」と述べています。なおポストメイツは買収後もウーバーとは別会社として存続するとのことです。
アメリカのフードデリバリー市場でのシェア争いは、ドアダッシュが33%、グラブハブが32%、ウーバーイーツが20%、そしてポストメイツは10%程度といわれていますから、今回の買収で3社が市場シェアでほぼ並ぶことになります。
ポストメイツは、2011年にバスティアン・レイマン、サム・ストリート、ショーン・ プレイスの3氏によって設立され、全国で60万軒のレストラン等をカバーするまでに急成長したベンチャー企業で、上場を目指すのではないかといわれていましたが、同業者からの買収を受け入れることになりました。しかし、ウーバーもポストメイツもいまだに赤字経営ですから、市場シェアの拡大とともにコスト削減を行うものと思われます。
もともとウーバーは6月にグラブハブを買収しようとしたものの失敗していました。そのグラブハブはオランダを拠点とするジャストイートテイクアウェイによる73億ドルの買収に同意していると報道されています。なお、ドアダッシュの時価総額は約160億ドルとなり、2年前の2018年のときから10倍に跳ね上がったことは前回お伝えしたとおりです。
このようにウーバーは新型コロナの流行によって個人間でのライドシェア(日本では白タクと見なされて違法)が減少したことから、成長しつつあったウーバーイーツを買収によって一気に経営の中核に持っていく経営戦略なのではないかと思われます。
前回も述べたようにアメリカのフードデリバリー市場は、現在の350億ドルから2年間で760億ドルに成長し、2030年までに現在の約10倍の3650億ドルに達すると予想されているためです。
この波は新型コロナの感染拡大が続けば、日本にも来るかもしれません。ウィズコロナ時代には飲食店においてもソーシャルディスタンスといわれる一定の距離を置くことが求められるため、最大でもかつての半数にまで顧客数が減少する可能性がある以上、存続するためには、テイクアウトやデリバリーを強化せざるを得ないからです。
前回もご紹介した「ゴーストキッチン」「クラウドキッチン」などの新業態の登場も予想されますが、飲食店で働いていたものの新型コロナで失業した方を受け皿にして、地域特化型デリバリープラットフォームを担う会社が登場する可能性があるのではないでしょうか。
ウォルマートは15年遅れでサブスクを開始予定との報道
一方、アメリカ小売最大手のウォルマートは、新しいサブスクリプションサービス(有料会員サービス)である「ウォルマート+(プラス)」(年会費98ドル)を7月後半にも始めるとの報道がありました。
アマゾン・ドット・コムが2005年に始め、1億5000万人を超える有料会員サービス「アマゾンプライム(年間119ドル)」に15年遅れで対抗する狙いです。
会員の特典としては、食料品や雑貨の同日配達、ウォルマート系列のガソリンスタンドでの燃料割引、セール品への優先アクセスなどがあるようです。さらには動画配信も検討中とのことですから、まさにアマゾンがAmazon Goを始めたりホールフーズマーケットを買収したりしてスーパーマーケット市場に攻め込んできたことへの反撃といえるでしょう。
ちなみにアマゾンプライム会員の年間支出額は非会員の2倍以上といわれており、一度会員になれば継続率も高いため、いかに有料会員化が重要かがわかります。
ウォルマートは車から降りずに生鮮品等を持ち帰れるグローサリー・ピックアップを展開しており、ガソリンスタンド併設のものもあります。ウォルマートのネット通販売上は、今年の2~4月期は74%増と急増したものの、いまだアマゾンの8分の1程度と報道されています。またウォルマートで買い物をする人の半数はアマゾンプライム会員でもあるというデータもあり、「アマゾン離れ」も指摘されるものの、今後どこまで会員数を伸ばせるかが注目されます。
日本企業への示唆
以上の2社の動きを見ると、以下のような経営上の課題について早急に検討するべきではないでしょうか。
1.物流業界・運送業界の会社は、他地域の同業者やIT企業と連携することも視野に、レストランの出前や食料品などのデリバリープラットフォーム事業への参入を検討。すでに一部のタクシー業界は参入との報道もありました。つまり、自社の顧客層を見極めた上で、自社のビジネスドメイン(事業領域)をより広く捉えることで新たな分野への参入を検討することです。
2.リアルでの店舗販売をしている小売事業者はオンラインショップの開設または強化、有料会員制(サブスクリプション)の検討。なお、有料会員制は配送無料だけでなく、いかに魅力的なサービスを提供できるかが重要です。その場合には、自社サービスだけでなく他業態の会社との提携も視野に検討をすれば、収益配分などは要検討ですが、より消費者にとっては魅力的なものになるでしょう。
大切なことは短期的な売上増を狙うのではなく、長期的な視野で顧客満足度を上げることでリピーターとしてライフタイムバリュー(LTV)、すなわち顧客生涯価値を上げることに注力するべきです。
筆者は数年前からすべての産業は会員化すると述べてきましたが、新型コロナによってこの動きは一気に進むのではないかと思っています。
LTVとは、「ひとりの顧客が生涯にどれくらい購入してくれるか」を算出するマーケティング指標です。正確には、これまでに顧客が購入した総額から、その顧客を維持するために使った費用を差し引いた利益の額を算出します。次の方程式によって計算できます。
「年間取引額×収益率×取引継続年数」
たとえば、年間取引額が100万円で収益率を5%とすると年間5万円 そしてそのお客様が20年間継続してお取引できればLTVは100万円ということで計算できます。
しかし、実際にはこうしたライフタイムバリューの分析はほとんどの企業ではできていないと思います。今後はあらゆる企業がサブスクリプション、すなわち会員化に向かうと考えられるため極めて重要な指標となるでしょう。
ただ、顧客一人ひとりのLTVを計算するのは非常に難しいので、顧客全体のデータで計算したほうが現実的です。得意客を特定するために、購買頻度や1回当たりの購買金額などを考慮に入れることもあります。なお、マイナスの場合にはあえて取引を停止することも必要です。売上だけを目標にすると危険な事例も多いのです。
新規顧客の獲得コストは、既存顧客を維持するコストの5~10倍はかかるといわれています。どの業界も、競合他社がひしめいているので、他社の顧客を奪うことは簡単ではありません。企業はいかにLTVを高めるかが重要なのです。それは、その製品やサービスの顧客をいかに自社のファンにするかとも言い換えられるでしょう。
ここでファンとは、継続的に購入してくれるお客様のことを意味します。今後あらゆる業種がLTVを経営上の重要指標に置く必要に迫られるでしょう。LTVを高めるためには、顧客単価やリピート率などを上げていくことが必要です。目先の利益を追い求めるのではなく、長期的な信頼関係を築いていくという考え方が大切でしょう。
また、顧客維持に使うコストを抑える視点を持つことも重要です。お得意様に高率の割引券を頻繁に送ったり、ポイントカードシステムを充実させ過ぎたりすると、リピート率は上がっても、収益率は下がってしまいます。バランスを見極めることが肝心です。
新型コロナの影響は企業の存亡にかかわる事態となってきていますが、ピンチをチャンスに変えられるかどうかの瀬戸際ですので、今こそ日本の経営者もスピード感をもって、新しいビジネスモデルへの転換を検討する必要性に迫られているのではないでしょうか。経営者としての力量が問われる時代になってきています。
(文=平野敦士カール/株式会社ネットストラテジー代表取締役社長)