東京ミネルヴァ法律事務所、破産の裏側…元武富士社員が支配か、法外な広告料の原資は?
かつて、利息制限法(罰則なし)の上限金利(元本により年利15~20%)と出資法(罰則あり)の上限金利(年利29.2%)に差があり、その間の金利は「グレーゾーン金利」と呼ばれていた。長年、消費者金融はグレーゾーン金利で融資し、莫大な利益を上げてきた。
ところが、2006年1月、最高裁は「グレーゾーン金利は無効」とする判決を言い渡し、以降、「過払い金」(利息制限法の上限金利を超えて支払った金利)の返還を請求する動きが広まる。消費者金融大手4社(アイフル、アコム、プロミス、武富士)は、毎年度、各社300億円から1400億円の過払い金を返還するはめとなり、急速に経営が悪化していく。そして、2010年9月、武富士倒産。
一方、弁護士や司法書士には過払い金返還請求の依頼が急増し、「過払い金バブル」が訪れる。過払い金は確実に返還される上、報酬は返還額の20%以上。しかも、過払い金の計算や消費者金融への請求書の作成、送付などは、弁護士や司法書士本人ではなく、事務員が行える。通常の法律事務や訴訟と比較して、圧倒的に高収益、高効率だ。
こうして、大量の広告で過払い金返還請求の依頼者を集める弁護士や司法書士の事務所が雨後の筍のように登場する。しかし、その裏側では、「非弁提携」(弁護士が弁護士以外の者から依頼者を紹介されて報酬を分配するなどの行為で、弁護士法違反となる)が広く深く進行していた。
元武富士社員が弁護士法人を支配
2020年6月24日、東京地裁は「弁護士法人東京ミネルヴァ法律事務所」(以下、東京ミネルヴァ)について、破産手続きの開始を決定した。新聞報道によれば、負債は約51億円。しかし、弁護士の業務は大きな設備投資が必要なわけでもなく、その負債の原因が謎だった。
2日後(6月26日)、「ダイヤモンド・オンライン」(ダイヤモンド社)は「過払い金CMの大手弁護士法人、『東京ミネルヴァ』破産の底知れぬ闇」と題する記事を公開する。執筆者は、信用調査会社「東京経済」の井出豪彦東京支社副支社長。これを読むと、だいぶ謎が解ける。以下、一部引用する。
<破産の背景には、依頼者に支払われるべき過払い金、少なくとも30億円が弁護士法人を実質的に支配する広告会社により流用されてきたという、弁護士にあるまじき不祥事があることが分かった>
<ミネルヴァを支配していた、今回の破産劇の黒幕ともいえる広告会社とは(株)リーガルビジョン〔渋谷区、代表霜田広幸〕である。兵庫県出身で、消費者金融大手の武富士で札幌支店長までつとめた兒嶋勝氏が04年4月に設立した(株)DSC〔渋谷区〕がリーガルビジョンの前身。士業の広告解禁を受けて創業した、士業専門の広告代理店だ>
<代表に就任した霜田氏は、兒嶋氏の武富士時代の後輩で、DSCでも部下だった人物>
<リーガルビジョンもDSCと同様に経営が苦しい弁護士事務所に近づき、過払い顧客を集めるための広告プランを作成。さらに「士業専門の総合アウトソーサー」を標榜し、関連会社のキャリアエージェンシー(株)〔渋谷区〕が事務員や相談員を派遣し、経理業務も含め事務所の運営は、事実上、リーガルビジョン任せになってしまう>
<本来消費者金融から過払い金が入金される銀行口座は、事務所の運営経費とは分別管理する必要がある。ところが、兒嶋氏が送り込んだ経理担当は指示されるまま同氏サイドへの送金を繰り返した>
<取材によれば、リーガルビジョングループの売り上げの7割は東京ミネルヴァに依存していたため、いちばん太い金づるを失った同グループも大打撃だ。また、同グループについては業務の一部が非弁活動にあたる可能性も指摘されている>
武富士事件では吉村洋文大阪府知事の名前も
実は、筆者と武富士との因縁は深い。
2003年、武富士は元法務課長の内部告発でさまざまなスキャンダルが発覚し、ジャーナリストらの電話を盗聴していたとして、創業者の武井保雄会長(当時)が逮捕された。以降、武富士の業績は悪化し、過払い金返還請求の急増がトドメを刺す。
当時、筆者は元法務課長の証言と社内文書を得て、「週刊プレイボーイ」(集英社)で武富士と警察との癒着について連載していた。武富士が警察官らへ金品を提供する見返りに、警察官らが武富士へ個人情報や捜査情報を提供していたなどというもの。当初、警察庁や警視庁は全面否定していたが、結局、事実関係を認めざるを得なくなり、警視正を諭旨免職とするなどの処分を行った。
一方、武富士は筆者の連載を打ち切らせるために、事実的にも法律的にも根拠がない名誉毀損訴訟、いわゆる「スラップ訴訟」を提起してきた。筆者個人も連載1回につき5000万円、合計2億円の損害賠償を請求された。このとき、武富士の代理人で法廷に姿を見せていたのが吉村洋文弁護士、現在の大阪府知事だ。武井会長が逮捕された後、武富士は自らスラップ訴訟を認める形(請求の放棄)で訴訟を終了させた。
その後も筆者は武富士倒産まで取材を続ける。だから、「ダイヤモンド・オンライン」の記事を読んだとき、「この話は前に聞いたことがある」とすぐに気づいた。案の定、武富士関連の資料を調べると、DSCや兒嶋氏に関するものが見つかった。
法外な広告料の原資は過払い金
月刊誌「紙の爆弾」(鹿砦社)2010年8月号は「『債務整理業』に横たわる『非弁行為』の不法を告発!」と題する記事を掲載した。東京弁護士会(以下、東弁)所属の松永晃弁護士(当時)の証言を中心とする内容である。以下、一部引用する。
<松永弁護士が言う。「DSCが要求する広告料は不当に高い金額です。私が了承していない金額については支払う必要はありませんが(筆者注・松永弁護士は『自分の与り知らないところで、事務員が広告を発注していた』と主張。事務員は兒嶋氏の知人の元武富士社員)、仮に支払ったとした場合のシミュレーションをしたところ、当事務所は大幅な赤字となり、まったく経営が成り立たなくなります」>
<DSCの子会社に弁護士、司法書士事務所の人材派遣、開業支援を業務とする「Dキャリアコンサル」(DCC)という会社がある>
<DSC周辺の弁護士事務所、司法書士事務所は弁護士、司法書士以外の者が経営しているケースがあり、「非弁提携ネットワーク」とでも言うべき違法な構造ができあがっていた。その中核であるDSCは子会社であるDCCを使って、「開業支援」の名の下に弁護士事務所に資金を投入し、人員を派遣し、業務を代行している。ともすれば、これは弁護士を傀儡に仕立て上げたうえでの、事務所支配に繋がりかねないのではないか>
<松永弁護士のケースを考えると、DSCは法外な広告料を弁護士に請求している。入るお金は少ないのに出るお金は多い。では、どうすれば帳尻は合うのか。可能性として考えられるのは、依頼者に返還すべき過払い金に手を付けることだ>
「ダイヤモンド・オンライン」が指摘するリーガルビジョン(旧DSC)の手口は、10年も前に「紙の爆弾」が指摘していたことがわかる。
東京ミネルヴァの巨額破産は防げた
10年前、松永弁護士を取材していた鹿砦社の松岡利康社長が言う。
「松永弁護士は『紙の爆弾』に告発する以外にも、日本弁護士連合会(以下、日弁連)や東弁にも告発文や資料を提出していました。あのとき、弁護士会がきちんと調査、対応していれば、東京ミネルヴァの巨額破産は防げたのではないでしょうか」
松永弁護士の告発は、どう処理されたのか。日弁連と東弁を取材した。
「現在は(東京ミネルヴァの川島浩代表弁護士の)所属弁護士会である第一東京弁護士会が調査や綱紀、懲戒関係の手続きを進めており、日弁連として、現段階でお答えできることはございません」(日弁連広報課)
「(松永)弁護士個人の情報にあたるので、お答えできません」(東弁広報課)
このようなコメントで、東京ミネルヴァに過払い金を使い込まれた依頼者らが納得すると考えているのだろうか。兒嶋氏をはじめとする元武富士社員らが支配していた法律事務所は、東京ミネルヴァだけではないと推測される。いずれ、弁護士会の責任も厳しく問われよう。
(文=寺澤有/ジャーナリスト)