通常、市町村で集められた水銀混入有害ごみは、北海道のイトムカにある水銀の除去回収プラントを持つ野村興産株式会社に運び、処理してもらう。水銀の処理と抜き取った水銀の保管管理を含め、トン当たり十数万円の費用が掛かるといわれている。ごみの焼却から最終処分までの処理費は、トン当たり約4~5万円といわれているため、たしかに有害ごみの処理費は、3倍近い費用が掛かる。しかし、その処理費用は同組合に有害ごみを運んできた構成市に拠出させればよく、「経費削減」のためというのは言い訳に聞こえる。
この多摩川衛生組合の構成市では、国立市や府中市の場合は、自分の市で回収した有害ごみを独自に保管し、この野村興産に送っている。費用が掛かるのなら、各市でそのように処理させる方法もあったはずである。「有害ごみを取り扱う事業系業者が取り扱うはずの水銀混入廃棄物が、多摩川衛生組合で焼却されていたのではないか」(関係筋)という話もある。
いずれにせよ問題は、有害ごみの保管・管理の杜撰さにあり、それゆえに水銀事故を起こしたのが、多摩川衛生組合の事例である。
13時間も水銀排ガスを高濃度に排出、放置
15年9月1日、柳泉園組合(並木克巳管理者は東久留米市長)の清掃工場において、水銀有毒ガスを周辺住宅地に放出する水銀事故が発生した。ここでは、清掃工場としては珍しく水銀自動測定器を備えていたため、異常状態が感知された。
3基ある焼却炉のすべてに自動測定器を設置していたが、そのうちの1号炉の水銀測定器でヨーロッパにおける規制基準(0.05mg/立方Nm/h)の約3倍である異常値(0.14mg/立方Nm/h)を同日9時に測定した。
ごみ焼却炉は、3基とも日量105トンのごみを焼却することができ、排ガス流量は1時間で2万3000立法メートルに及ぶ。100m×100m×2.3mの空間をいっぱいにする空気量で、約54時間で東京ドームをいっぱいにする量である。停止するまでの間、水銀を高濃度に含んだ排ガスは16時間、東京ドーム3分の1杯分を周辺大気中に放出し続け、周辺住宅地を汚染した。
ただちに焼却炉を止める必要があったが、柳泉園組合の担当者は焼却炉を止めるのではなく、その測定器が正しいかどうかを確認するために、なぜか測定器での測定を中断した。その間測定器の業者を呼び、測定器が正常に作動しているのを確認した上で、焼却炉を止めたのは7時間後の16時であった。それまでごみの投入を続けている。
そして焼却炉はそのまま翌朝まで燃え続け、夜中の1時でも0.04mg/立方Nm/hという高濃度の水銀排ガスを出し続けていた。高濃度を出し続けた時間は、朝9時から夜中の1時まで16時間にも及ぶ。3市の人口は合計で、約39万人。柳泉園組合は東久留米市と東村山市の市境にあるが、東村山市の人口を考えると約54万人に関与する都市部の清掃工場での水銀汚染事故である。
この事故の特徴は、構成3市では、水銀を含有する恐れのある電池や蛍光管等のごみは、有害ごみとして別個に分別し、電池等の混入の可能性のあるプラスチック製品は「不燃ごみ」として、これまた別個に回収している。ここで焼却されているものは、「可燃ごみ」だけであり、ルール通りに運用されていれば水銀混入物は焼却されることはなかった。
一方、家庭から出される電池や体温計、蛍光灯などの水銀混入量は、旧式のボタン型電池で重量の1%、水銀体温計で1g、蛍光灯は100本で1gにしかならず、間違って混入しても今回のような大量の有毒ガスは発生しない。
医師が旧来使用していた水銀血圧計は、これらの数十倍の水銀を含んでいるが、現在はほとんど使われず、これらは事業系の有害ごみとして処理されるため、市町村の清掃工場に大量に廃棄されることは考えられない。柳泉園組合の担当者は、原因について次のように説明した。
「3市が柳泉園組合に運ぶ行政収集される『可燃ごみ』のなかに、大量の水銀を含む廃棄物の混入は考えられず、事業者が運んできたごみの中に水銀血圧計等が不法投棄された結果と考える」
これに対して周辺市の市民が立ち上げた「柳泉園・ごみ焼却炉水銀汚染検証市民プロジェクト」の阿部聡子さん(西東京市)は、こう指摘した。
「血圧計などは焼却炉に投入され壊れてしまえば、水銀は一瞬のうちに蒸気になってしまう。事故によって放出された水銀が朝の9時から夜中の1時まで16時間も継続したことを考えると、業者が水銀血圧計を1~2台、間違って混入したという説明では辻褄が合わない。市民が疑問に感じたことに向き合わない行政を見たことが、プロジェクト立ち上げの理由である」
柳泉園組合では年間約100トンの水銀混入有害ごみが構内に集められ、有害ごみは誰でも入れるところに置かれたことがわかっている。よからぬ業者の不法投棄よりも、有害ごみの管理・保管が杜撰で、職員が深く関与していた事例であることをうかがわせた。
事故事例の教訓化と環境省の政策
都市部の人口密集地域でのこのような水銀汚染事故は、一部の大手メディアを除き取り上げられず、今日まで連続して起きていることについての報道は皆無といってよい。本来ならば、環境問題はそのチェックを清掃工場を運営する事業者である市町村や民間産廃業者に任せることなく、危険な兆候をキャッチできる仕組みが必要になるが、その社会的な仕組みがないこともあり、こうした水銀事故が全国どこにでも起き得る問題であるとの認識は共有されていない。改めてこれまでの水銀事故の事例を一覧表にした。
上記図表をみれば、煙突から大気環境中に水銀排ガスを放出しないためには、まず水銀の自動測定器を設置し、規制値を超えたときには焼却炉の稼働をストップすることが何よりも必要であることがわかる。
全国的にみれば、プラスチックごみは製品も包装資材も全量焼却している市町村もあるが、これまでは環境省が水銀有毒ガスをはじめとする重金属の排ガス規制を行っていないこともあり、ごみ清掃事業の現場を運営する地方自治体では、ほとんど水銀検出器は設置されていない。そのため、日常的に焼却炉の煙突から水銀排ガスが出ていてもチェックできない状態にある。
今後は、大気汚染防止法が改正され、規制値がつくられることになった。その規制値が守られているのか、煙突から規制値を超えた水銀排ガスが煙となって放出されていないかを常時監視すること、そのためには自動測定器の設置が必要であることが、事故事例からわかる。
ところが、驚いたことに環境省は、大気汚染防止法によって規制基準は決めたものの、その規制基準が守られているかどうかは、1年間に1~2回の測定でよい(いわゆるバッチ式)とする法案を成立させようとしている。
民間シンクタンクである環境総合研究所の池田こみち顧問は語る。
「年に1回や2回の特定の測定日だけ測定するというのでは、そのときにだけ有害ごみが燃やされないように監視するということになる。そのほかの日は、煙突から水銀排ガスが環境中に垂れ流しになってもよいということになりかねない。やはり連続して測定する自動測定器の導入が、必要不可欠です」
東京オリンピックで日本に訪れる外国人も、東京の空に水銀が垂れ流されていると知ったら、どう考えるのだろうか。
(文=青木泰/環境ジャーナリスト)