重要な点は、ECBの金融政策が限界を迎えつつあることだ。すでに4月以降、ECBは一月当たりの国債買い入れ額を600億ユーロ(従来は800億ユーロ)に引き下げた。早ければ年末にもECBが買い入れることのできるドイツ国債が枯渇し始めるとの見方も出ている。国債買い入れを続けていくことは難しい。金融政策の調整は不可避だろう。
これまで、ECBなどの中央銀行は、物価の安定を重視してきた。しかし今、その使命を全うするよりも前に、金融政策を調整しなければならなくなる可能性が高まっている。言い換えれば、どれだけ市場とのコミュニケーションによって低金利の環境を維持しようとしても、これまでのような緩和的な金融政策が限界を迎えていることを示している。
中央銀行はヒステリシス効果を抑えられるか
ECB関係者の発言をみると、金融市場が落ち着いている間に金融政策の出口戦略を進めたいとの思いが伺える。しかし、これはかなり難しい。資産の価格は上昇してはいるが、多くの人々の心理には過去の経済危機への恐怖が残っていると考えられるからだ。
その恐怖感が“ヒステリシス効果”をもたらす。ヒステリシス効果とは、過去に発生した現象に影響されることをいう。2008年9月のリーマンショックに代表される経済危機の発生は、消費者、金融機関、一般企業のリスクテイクを阻害する可能性がある。16年の伊勢志摩サミットで安倍晋三首相が、「リーマン級の危機が迫っている」と発言し大きな議論を呼んだ。このように、歴史に残る経済危機は私たちの記憶に色濃く残りやすい。その結果、「またそういう展開が起きてもおかしくはない」との潜在意識が形成される。
その影響を緩和するために、中央銀行は利下げ、量的緩和、マイナス金利政策などを進め、先行きへの期待を支えようとした。しかし、実際に金融政策で潜在成長率を引き上げることは難しい。その結果、FRB内部では一時的に2%の目標水準を上回るインフレ率を許容し、需要が供給を上回る“高圧経済”を目指すべきとの主張をした時期もあった。
各国の中央銀行が経済危機的な構造変化に直面した後、当該国に適した物価の目標水準を定めることができれば、ヒステリシス効果の影響はそれなりに和らげることができるかもしれない。市場では、2%のインフレターゲットは高すぎるとの考えもあるが、中央銀行がどこまでこの問題を検討しているかは明確ではない。