全国に約34万人いる自動車整備士。日本自動車整備振興会連合会の「自動車整備白書(平成26年度版)」によると、約5割の整備事業場で整備士が不足しており、約1割の事業場がすでに経営に支障をきたしているという。
同白書では、整備士の高齢化に伴って、今後は国民の足でもある自動車の整備に影響が出る可能性も指摘されている。なぜ、自動車整備士が足りないのか。進化する自動車の整備は、今後どうなるのか。
町の整備場は高齢化、約3割が「後継者いない」
日整連の調査では、自動車整備業界の事業規模は約5.5兆円。自動車整備工場は、認証工場数が約9.2万、うち指定工場数は約3万となっている。ただし、従業員数10人以下の企業が約8割を占めるなど、そのほとんどが中小零細企業であり、家族経営だ。
現在、自動車の保有台数は全国で約8000万台。整備士の数については「不足している」との意見がある一方、現場サイドからは「足りている」という声もあり、一概には言えないのが実情だ。
その理由は、矛盾するようだが、「不足はしている」ものの「影響が少ない」という意見も少なくないからだ。しかしながら、やはり課題は多い。
自動車整備士は、「自動車のディーラーで働く」者と「町の自動車整備専業の事業所で働く」者の2つに大別される。さらに、後者の専業系は、団塊の世代が起業した「旧世代」と近年起業した「新世代」に分かれる。
問題は、旧世代の人たちが引退の時期に差し掛かっており、廃業かM&A(合併・買収)の選択を迫られているという状況にある。現在、団塊の世代は60代後半から70歳くらい。「体力の続く限り経営を続ける」という人もいれば、「昔からの知人の車だけを整備している」という人も多い。切迫感はあまりないものの、「人員確保については危ないのかな」という声もある。
すでに、約3割の専業系が「後継者がいない」と答えており、従事する年齢も平均44歳と高齢化の一途をたどっている。そのため、「求められているのは世代交代」という声が上がっているのだ。専業系自動車整備事業所の若手経営者は、こう語る。
「自動車整備の仕事は、なくなるわけではありません。旧世代の会社が淘汰されることによって、考えようによっては、経営がしっかりしている会社が残るわけですから、あんまり悲観することもないのではないでしょうか」
一方、ディーラー系整備士はどうか。整備士専門学校の卒業者から採用するケースが多いが、毎年5~10人を採用していたディーラーが今年は4人しか採用できなかったり、3人採用を希望していたディーラーが1人だけだったりと、ディーラーは採用活動に苦戦している状況だ。
そんななか、ディーラーも対策に乗り出している。ディーラーでは「一定の年齢に達すると営業に回す」という人事異動が通例だ。しかし最近は、整備士の人員を確保するために一方的な営業への配置転換ではなく、「営業と整備士のどちらを希望してもいい」という選択制を採り入れ、人材の囲い込みを図るディーラーも出てきている。
自動車整備士の年収は418万円…3K職場は健在
では、自動車整備士の給料はどうか。インターネット上では、「俺は手取り11万円だ」「手取りで14万円しかもらっていない」などという声が散見されるが、ある専業系自動車整備士は以下のように語る。
「それらは極端な例だと思います。自動車整備士の給料が安いことは否定しません。ただ、11万円や14万円では妻子を養うこともできないでしょう。なかには、それぐらいのケースもあるかもしれませんが、私はもっともらっています」
今年2月に厚生労働省が発表した「平成28年賃金構造基本統計調査」によると、自動車整備士の毎月の給料(月給)は約29万円で年収は約418万円だ。
「自動車整備士資格は国家資格です。日々、油まみれになって働いているのですから、本来であれば、エレベーターやエスカレーターのメンテナンス技師と同程度の待遇があってしかるべきだと思います」(前出の専業系自動車整備士)
一方、ディーラー関係者はこのように解説する。
「『若者の車離れ』という言葉に象徴されるように、自動車保有は約8000万台の今から、どんどん減少していくのかもしれません。乗り方も、昔は1人1台でしたが、生活や社会状況の変化によってレンタルやカーシェアリングが普及しているため、自動車整備士の作業量も減る可能性があります。
一方、昔のように『新車が出ればすぐに買い替える』という動きはあまりないので、車の長寿命化が顕著になる可能性があります。そうなれば整備する機会も多くなるため、結果的に整備士の作業量も多くなるという予測も成り立ちます」
今後、自動車整備士が不足するのか過剰になるのか、予測するのはかなり難しそうだ。
ただ、労働環境は生半可ではないようだ。よく、自動車整備士の仕事は「キツい、汚い、危険」の「3K」といわれるが、多くの自動車整備士は、3Kであること、休日出勤や残業が多く、夏も冬もエアコンがない場所で作業するため、体力勝負であることについて否定しなかった。専業系自動車整備事業所の経営者からは「給料を上げるのは、なかなか難しい」との意見が多くみられ、なかにはこんな声もあった。
「固定給である給料を上げたら、会社は潰れてしまうよ。ネットでは好き放題書かれているけれど、潰れても誰も責任を取らないでしょう」
「我々も、ほかの業界と同じく働き方改革が必要です」
顧客にメールや手紙などで車検の案内を行い、早く車検を実施した顧客に『早割』などの割引を行う工場も多い。車検が多くなる時期に集中的に行うのではなく、1年を通して平準化することで、残業がゼロになった工場もあるという。「給料はともかくとして、処遇を改善しないと若手が入職しない」との声に応えた結果だ。
「今いる人数で、どのようにすれば効率よく作業を回せるか……トップの決断が迫られていると思います。経営者のポリシーにもよりますが、働き方改革は、いかにお金をかけずに処遇改善を図るか。これが、生き残るポイントだと思いますよ。従業員満足度(ES)の向上も、経営の重要な指針のひとつです」(専業系自動車整備工場の経営者)
EVやAIへの対応が生き残りのカギ?
昨今、自動車業界はハイブリッドカーや電気自動車(EV)の普及が進み、さらに人工知能(AI)の導入など、新技術が次々と投入されている。現役の自動車整備士は、以下のように語る。
「自動車整備士に対して、『体だけを使う仕事』という誤解があります。しかし、実際は車にさまざまな新技術が導入されたことで、今は『頭も使う仕事』なのです。昔であれば機械と電気の知識があればこと足りていましたが、これからは電気から電子までを網羅する知識が必要になります」
こうした新技術に対応するためは、自動車整備士1級クラスの資格が必要で、業界団体が行う講習会の受講も重要になるなど、日々の勉強が欠かせないという。
「現役自動車整備士の多くが新技術に対応できる知識を持っているかどうか、疑問です。特に、高齢の自動車整備士は『新たに勉強しよう』という意欲が乏しい傾向がみられます」(前出の自動車整備士)
今後、新技術への対応が自動車整備業界のカギを握ることは間違いない。
「若い意欲のある自動車整備士の教育に投資することが、今後、専業系自動車整備事業所が生き残るカギです。教育に投資しない事業所は、新技術が普及するにつれて廃業の道を選択するしかなくなるでしょう」(同)
今後、自動車整備士という仕事はどんな道をたどるのか。進化する自動車の裏で、熾烈な生き残り競争が幕を開けそうだ。
(文=長井雄一朗/ライター)