長崎県出身の日系イギリス人小説家であるカズオ・イシグロ氏は、長編小説『日の名残り』で今年のノーベル文学賞を受賞した。ほかの主な著作では、『わたしを離さないで』『忘れられた巨人』などがあり、いずれも早川書房から出版されている。
イシグロ氏の作品に関して、日本国内での独占販売権を得ている早川書房の山口晶執行役員編集本部本部長兼企画室室長にイシグロ氏の作品の魅力やその人柄、さらには同社のビジネスモデルについて話をうかがった。
――まずイシグロ氏の人柄について教えてください。
山口晶氏(以下、山口) 大変、謙虚な方です。販売促進のため訪日された際、私もインタビューの取材の仲介をし、多忙なスケジュールになり、ご本人が一番大変であるにもかかわらず、むしろ私たちのことを気づかっていただき、恐縮な思いもありました。人間味があり、優しさが込められ、編集者として感謝に堪えません。インタビューの際は、基本は英語で、ご両親と話されるときは日本語だそうです。
――イシグロ氏の作品は、『変身』のフランツ・カフカや『失われた時を求めて』のマルセル・プルーストに匹敵する文学と、ノーベル文学賞の事務局からは評価されました。
山口 わたしたち編集部もイシグロ氏は、いつかノーベル文学賞を受賞するだろうと予想していましたが、今年とは思いませんでした。一般の文学作品では、人間の行動や記憶は一貫していますが、実は人間はそこまで合理的でもなく、記憶がしっかりしているわけでもありません。人間特有の持つ曖昧さに光を当てた新しい文学の形態であり、それがカフカやプルーストと並ぶ評価を得られたのだと思います。ただし、イシグロ氏は、「自分は、カフカやプルーストにはとうてい及ばない」とも話されています。
ノーベル経済学賞を受賞したアメリカのシカゴ大学のリチャード・セイラー教授は弊社から『行動経済学の逆襲』を出版していますが、人間は経済活動において合理的に行動するものではなく、どちらかといえば不合理な存在だと指摘しています。
図らずも今年はノーベル経済賞も文学賞も「非合理と曖昧さ」が共通のテーマになったことは、編集部としては興味深いです。
――イシグロ氏の隠されたエピソードがありましたらお願いします。
山口 仕事以外では古い日本映画の話をよくされます。マニアといってもよいくらいで、たいていの日本人よりも詳しい方です。実際、日本映画だけではなく、海外映画もかなりご覧になっています。カンヌ映画祭でも審査員になったこともあるくらいです。イギリスでソフト化された映画を見ているようです。