発端と手口
調査対象者は、急激に売り上げが増えたため、法人名義で豪邸を建て、高級外車を購入するなど、経費を増やそうと考えていました。しかし、使える経費にも限界があります。そこで、知人の社長に相談することにしたそうです。その知人は、自分の会社の広告宣伝費として毎月1000万円を支払わせ、900万円を調査対象者の簿外口座に戻す計画を提案しました。
キックバックによる脱税です。100万円として手数料は取られますが、1000万円に対する法人税と比べれば遥かに安い。調査対象者はこれを受け入れ、毎月1000万円の支払いを2年ほど続け、総額は2億円を超えました。キックバックをしていた社長も、簿外の売り上げ100万円を社長の個人的な蓄財に充てるなど、脱税とはならないまでも売り上げの除外を続けていました。
そんななか、調査対象者は古くから付き合いのある会社から化粧品のレシピを提供され、「商品化してくれないか」という依頼を受けました。調査対象者は、このレシピを使った化粧品を販売し、さらに業績を上げます。すると、レシピの提供者が10%のロイヤリティを求めてきました。これは、売り上げや利益の10%を報酬として支払うのではなく、その数倍の業務委託手数料を支払い、10%を引いた残りを調査対象者にキックバックするというものでした。
なぜ、ロイヤリティを払うだけでなく、調査対象者に還流させるのでしょうか。おそらく、レシピ提供社は、ロイヤリティを法人の収益にするつもりがなく、個人的に費消、あるいは蓄財に充てるつもりだったと考えられます。
こうしたカネの流れにより、調査対象者の脱税金額は加速度的に増えていきました。その額は3年間で約6億円。追徴税額は、法人税、消費税、源泉所得税、延滞税、重加算税、過少申告加算税を合わせて、3億円を超えました。「たまり」、いわゆる脱税した蓄財は、個人的な飲食や調度品、衣服の購入という一般的な使途以外に、ニューハーフ仲間への無利息による貸付に使われ、総額3億円以上となりました。金銭消費貸借契約書の作成もなく、利息もないとなれば、贈与したも同然です。査察部の強制調査の話を聞いた一部のニューハーフ仲間は返済したそうですが、ひとりで1億円以上借りていた人もおり、その場合、返済は難しいと考えられるので、贈与税の調査が入る可能性もあるでしょう。
その後、この脱税事件の裁判が行われ、調査対象者には執行猶予付きの1年6カ月の判決が下り、この事件は大きく報道されました。その結果、調査対象者の会社の売り上げは大きく落ち込むこととなりました。
何も考えず、カネのにおいに寄ってきた人間に惑わされて法を犯せば、短期的にキャッシュは貯まるかもしれません。しかし、そのことで大きくした業績を下げてしまうのであれば、正しく申告・納税するのが、もっとも賢いのではないでしょうか。
(文=さんきゅう倉田/元国税職員、お笑い芸人)