「受信料制度への理解を得られなかった場合」とは、その世帯の住人が「テレビがある」ことを白状した上で受信契約を結ぼうとしないのだから、まさに「未契約」にふさわしい。だが、住人に会えないまま「未契約」としてしまうのは、いかがなものだろう。住人に会えていないのだから、テレビやアンテナを発見できないまま「未契約」とされている恐れも十分あり得る。
そう思いながら関連資料を読み進めていくと、受信契約対象世帯の数(07年資料で4704万世帯、16年末資料で4621万世帯)や未契約状態の世帯の数(07年資料で1086万世帯、16年末資料で912万世帯)は、あくまで「推計」であると小さく書かれていた。
NHKの17年3月末日現在の貸借対照表には、資産の部の「受信料未収金」として184億円、うち「未収受信料欠損引当金」として123億円が計上されている。NHK自身、正しい未収受信料は「年1500億円」ではないことを白状していた。とすれば、年間450億円もの経費は、やはり「かけすぎ」である。
裁判をしても食い止められない「テレビ離れ」
なにも「訪問巡回」になど頼らなくても、もっと効率的なやり方はほかにいくらでもあるだろう。NHKにとって、効率よく受信契約を結ぶことのできる絶好の機会があった。09年から11年にかけ、アナログ放送から地上デジタル放送へと切り替えた時である。
あの時、多くの視聴者がテレビを買い替えた。それまでのテレビ受像機では番組を見られなくなってしまうのだから、買い替えるほかなかった(それまでのテレビに地デジ用チューナーを付けて見続ける方法もあったが、地デジへの切り替えとともに画面横縦比が4対3から16対9に変わったことなどにより、視聴環境は相当劣る)。その際、NHKの受信契約を結んでいない者は、「地上デジタル放送対応テレビ」を購入できないことにしてしまえばよかったのだ。
電器店や家電量販店の協力が必要不可欠ではあるものの、1軒1軒訪問してテレビの設置や転居の有無を確認したり、衛星放送用パラボラアンテナが住居に設置されていないかどうかを確認したりする「調査」は必要なくなる。「受信契約および受信料の収納」に注ぎ込んでいる年450億円の経費も大幅に削減できるだろう。
NHKでは「地デジ化」以前から、電器店や家電量販店に受信契約手続きの業務委託をしている。しかし、電器店や家電量販店は、NHK受信契約を結んでいない者にも「地上デジタル放送対応テレビ」を売りまくった。NHK受信契約は、テレビを購入する際の義務でも資格でもないからだ。同様のことは、「ワンセグ放送」対応の携帯電話やカーナビ(AV一体型カーナビゲーション)の購入時にもいえる。
それをみすみす放置しておきながら、NHKは後になって「未契約世帯」を訴えるのである。だが、番組をタダで見られる状態で流した後に受信料をせびるやり方は、世間一般から見れば「押し売り」である。NHK受信契約を結んでいる人に限り、B―CASカードを与えるというかたちも考えられるだろう。しかし、NHKはこう語る。
「B―CASカードは、BS/地上デジタル放送において、著作権を保護するコピー制御のために利用されている機能で、NHKの事業のみに利用しているわけではありません」(NHK広報局)
その一方でNHKは、新規で地上デジタル放送対応テレビを設置した世帯のテレビ画面の左下に、BSデジタル放送の「設置確認メッセージ」を強制的に映し出す。このメッセージは、NHKに「世帯主の名前、住所、B―CASカードの番号」を伝えない限り、消すことができない。事実上の「スクランブル放送」だ。この「設置確認メッセージ」は、地上デジタル放送契約であっても、設置する際の設定をミスすれば映し出され続けることがある。実際、筆者の実家でそうした事態が発生した。
ここまで検証してきて、さらに気になることが見つかった。受信料収入は右肩上がりで増えているのに、07年に4704万世帯だった受信契約対象世帯の数が、約10年後の16年には4621万世帯と、100万世帯近くも減っているのだ。
統計としてはまとめられていない数字ではあるが、見ていなくても“BGM”としてテレビをつけているような世代が、老人ホームに入居したり、体調を崩して入院もしくは死亡するなどして「受信契約対象世帯」から大挙して除外される日も、そう遠くない未来に待ち構えている。また、若年層のなかには、固定電話と同様にテレビを持たないライフスタイルの者も増えているようだ。先日の最高裁判決にしても、若年層をはじめとした「テレビ離れ」をより加速させる副作用があるとみられている。
そのことを自覚しているからか、NHKは現在、インターネットに番組を同時配信する準備を進めている。若者の生活やコミュニケーションにとっての重要なインフラストラクチャー(インフラ)であるインターネットにも番組を流し、テレビを持っていない人からもいずれ「ネット受信料」をいただこう――という構想だ。放送だけでは早晩立ち行かなくなるという危機感の表れともいえるだろう。
とはいえ今回の最高裁判決は、あくまで「放送」の領分に限った話であり、NHKの「ネット受信料」構想にまでお墨付きを与えたものではない。それに、話はそれほど単純でもない。かつてNHKはアナログ放送時代、山間部や離島などのいわゆる「難視聴地域」でもテレビ放送を見られるよう整備することは自らの責務だとして、汗を流していた。「ネット受信料」構想が実現した暁には、NHKは同様のことをインターネット放送でも行なう覚悟があるのか。大震災や大災害の発生時にネットの遅延や切断が発生した場合、NHKとしてどこまで義務と責任を負うつもりなのか。
いずれにせよ、NHKの受信料制度の先行きはあまり明るくなさそうである。
(文=明石昇二郎/ルポライター)