こうした可能性を考えると、小型店舗の分野から省人化、あるいは無人化に向けた取り組みを進め、生体認証を用いた決済システムを活用する意義は大きい。すでに中国で実用化されているテクノロジーを用いて将来的な応用の可能性を検討したほうが、経営上のリスクも抑えられるはずだ。
ネットワークテクノロジーの進化と普及によって、モノを仕入れ、店舗で売るという小売業界の基本的なビジネスモデルは、物流、店舗運営、テクノロジー開発をも含んだまったく新しいものに変わっていく可能性がある。言い換えれば、従来は小売業界に関係がないと思われていた分野が、今後の成長に無視できない影響を与えていく可能性がある。
イオンのディスラプティブ・イノベーション
すでに上海では、スウェーデンの企業であるWheelysと中国の大学関係者が協力して、移動無人店舗である「Moby Mart(モビーマート)」が試験営業を行った。店舗の運営、決済方法だけでなく、スマートかつオートノマス(自律的)な移動システムの開発が、小売業界の将来を左右しつつある。
当面、イオンはディープブルーテクノロジーの技術を活用して、店舗運営にかかるコストの削減を目指すだろう。少子高齢化が進むなか、もし、イオンがアマゾンなどに先駆けて国内での無人コンビニの運営、あるいはモバイル決済を必要としない支払方法を導入するのであれば、他のライバル企業も類似のコンセプトの導入を目指す可能性がある。
省人化などを進めてコスト面での優位性を確保しようとする取り組みが経済全体で進むと、従来の発想に基づいた行動様式やマネジメントの発想は支持されづらくなるだろう。つまり、イオンが目指している取り組みには、テクノロジーを用いて従来の小売店舗運営などの発想を根本から覆す“ディスラプティブ・イノベーション=破壊的な革新”と呼ぶべき要素がある。
さらには、物流、交通などの社会インフラ、家電など、さまざまな分野で人工知能を搭載し、ネットワークにコネクトする機能を持つスマートなデバイスが社会に普及していく可能性がある。それとイオンの取り組みが結合した結果、移動式の無人店舗が実用化されるという展開は、空想の話ではなくなるだろう。
小売ビジネスは、わたしたちの生活にとって欠かせない。それだけに、同社が仕掛けるイノベーションが国内の小売りをはじめとする企業の経営、人々の発想や行動様式、価値観にどういった変化を与えるかは興味深い。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)