長年の経験で本を選ぶ目を養ってきた書店員は、「君には選書できないだろうから、ちゃんとした人にやってもらって」と本部社員から言われた。世の中がグローバル化するなかで、洋書を重視するというのはユニークな試みも見えるが、店を訪れる客の目線が欠落していたことは否めない。売れた洋書は週に1~2冊ほどだったという。自分たちの意向が抑えつけられることに苦痛を感じて、今年の春までの間にベテラン書店員たちが去って行った。
先日、立教大学に出向き、その書店を見回したが、洋書は専門書の10冊程度となっており、教科書重視の棚揃えとなっていた。フェア台には立教大学の先生たちが著した一般書籍が並べられている。洋書重視の棚揃えは、経営的にも成り立たないと判断されたのだろうか。
残ったのは、訪れる人々とコミュニケーションを取りながら店を成り立たせていた、人間力のある書店員たちが現場から去ってしまったという事実だ。ユニークなPOPが消えてしまったこともあり、店の活気も失せてしまったように感じられた。
運営元の見解
こうした事態を、丸善雄松堂はどう見ているのか、疑問をぶつけてみたところ、回答があった。全文を掲載する。
<まず、貴社より 5 月 30 日付けで頂戴しておりますメールにおいて、貴社の記述としてある「店のリニューアルに伴って洋書を多く並べてかっこいい店にしたいという本部の方針によって、現場の書店員さんたちの意向が抑えつけられたことが背景にあるようです。」につきましては、事実誤認があると思われます。
弊社売店がリニューアルに至った経緯は、大学様のご意向で弊社売店の売場面積が半減することとなったものです。このため今回のリニューアルは、この売場面積の半減を前提に、弊社として大学様のニーズを想定した上で、最適な売場を実現することを目指して実施されたものであり、決して(弊社)本部の方針で「かっこいい店にしたい」という考えに基づくものではありません。
但し、弊社売店のリニューアルを短期間で実施せざるを得なかった状況において、商品構成や棚配置などを大学様のニーズを想定しながら弊社が早期に意思決定していくことが求められたため、現場の従業員の方々にとって、自分たちの意向が聞き入れられないと、感じさせる結果につながってしまったと認識しております。
次に、弊社売店のリニューアル後、ベテラン従業員を中心に複数の従業員が退職に至った経緯につきましては、上述のリニューアルを計画する過程からリニューアルオープン後の期間において、弊社本部、 あるいは営業部門の担当者による現場の従業員の方々へのコミュニケーションを通じた現場マネジメントが不十分であった結果によるものと真摯に受け止めております。このことは、以前より売店運営が現場任せの状態にあったため、こうした問題点の改善のため弊社本部や営業部門が現場マネジメントに取り組んだことに対して、戸惑いを感じ退職された従業員もいたと認識しております。弊社では、こうした状況を重く受け止め、弊社が運営する全ての売店での円滑なコミュニケーション、適切な現場マネジメントの実践の周知徹底を進めております。
最後に、「出版不況の中で、街から書店が消えていっています。人間力を持った書店員さんたちが現場から去ってしまったのは、あまりにも残念なことです。」に対する弊社見解としましては、弊社は長らく大学を中心とする高等教育の場において、お客様のニーズを踏まえた課題解決策としての商品・サービスの提供を行うことでお客様からの信頼を形成してきました。その中で売店事業は、教科書販売や書籍、文具、食品等の提供を通じて、学生様のキャンパスライフの質的向上に資する事業であり、お客様からの信頼の形成に寄与してきた事業であると考えています。
ご指摘の通り、売店の柱の一つをなす書籍販売は、長引く出版不況の中で、業界全体の雇用条件が低水準であると認識しております。そのような状況にありながらも、従業員の方々のスキル、経験や実績に応じた処遇に努めております。しかし、まだまだその水準は満足出来るものではないと強く認識しており、この状況を改善するために、当社の収益力を高めるとともに、現場の従業員の努力や貢献を正しく評価し、働く方々の働き甲斐やモチベーションに結び付く処遇運用を実現したいと考えております>
事態を誠実に受け止め、改善していこうという意欲が読み取れる。インターネットを通じて本を買う機会が多くなったのは、筆者も例外ではない。だが書店に出向いて「本から呼ばれる」という体験は、インターネットでは味わえない。選りすぐった本を棚に並べた書店員さんと心を通わせるような喜びがある。本を愛する書店員さんたちが、生き生きと働ける本屋さんをつくっていってほしいと切に願う。
(文=深笛義也/ライター)