豊田章男トヨタ社長は極めて優れた経営者…巨大組織の「100年に1度」の再構築を断行
100年に一度の変化に象は対応できるか
トヨタの豊田章男社長は、昨年来「自動車産業は100年に1度の変革に遭遇している」、あるいは「勝つか負けるかではない、生きるか死ぬかだ」と危機感をあらわにしている。
100年に1度の変革とは「CASE+A」といわれる。「CASE」は、独ダイムラーのディーター・ツェッチェ社長が2016年10月のパリ・モーターショーで言及したもので、
(1)コネクテッド(インターネットで常時車外とつながる)
(2)オートノマス=自動運転
(3)シェアリング
(4)エレクトリック=電動化
を意味している。さらにこれらの4要素にはAI(人工知能)も欠かせない技術要素なので、「CASE+A」が新しい潮流として押し寄せてきている。
「CASE+A」に対する豊田社長の危機感は正しい。というのは、「イノベーションのジレンマ・セオリー」からいうと、画期的な新技術の出現フェーズでは、それを採用できなくて滅んでいくのは既存の大企業だからだ。
従来型の内燃型エンジンの自動車販売において世界最大規模のトヨタは、このセオリーでは滅ぼされていくほうに分類される。写真フィルムで世界最大のメーカーだったコダックは、デジタルカメラの到来に対応できず、あっという間に倒産してしまった。
繁栄している会社ほど、その成功に酔い、さらにそのままのスタイルでのビジネスの伸張を追い求める。そして、やられてしまう。従来型の成功を追い求めてしまうことを、「その組織内に固有の『価値体系(バリュー・ネットワーク)』が形成された」と説明される。
トヨタでいうと、18年の1月に発足した「TPS本部」が従来型の組織価値体系を引きずっている例として挙げられる。
「自動運転や電動化など新技術の台頭で自動車業界が転換期にあるなか、トヨタ自動車は継続的な業務改善で競争力を高める『トヨタ生産方式』(TPS)を強化する。創業以来同社の成長の原動力となってきたTPSを統括する部署を新設して生産部門以外の営業や技術開発などを含めて全社的に展開し、競争力の底上げを図る」(2月5日付ブルームバーグ記事『100年に一度の転換期、トヨタはカイゼン強化』より)
TPS本部は200名弱のメンバーを集めて新発足したという。しかし、カイゼンで得られるものは、財務的には年間せいぜい数パーセントの成果でしかない。しかも従来型の技術やオペレーションの充実、改善に焦点を当ててしまう。内燃自動車の開発、製造、販売にいくらてこ入れしても「CASE+A」の襲来には何も意味をなさない。
従来の価値体系に縛られる既存の組織の成員は、「まず足元をみよう」とか「自分たちが持っているものをもっとよくしよう」とか「基本に戻ろう」などと言いがちだ。そして、外部で起こっている「破壊的技術」あるいは「まったく新しいビジネスモデル」に敗れ去っていくのが定例だ。
外部の活用だけがトヨタの生きる道
トヨタが置かれている立場は、絵に描いたような「イノベーションのジレンマ」の事例だと言える。そして、そこでの戦略的なポジションとしては大いなる危機にあると言える。
豊田社長は、この構造とそれがもたらしている危機を十分に理解しているようだ。そして、対応策も理論的に理解してすでに行動をとり始めているように見える。
「イノベーションのジレンマ・セオリー」では、既存の大企業側は内部組織、つまり既存組織と成員をもってしては、その危機に対応できない。というのは従来型の価値体系が刷り込まれているので、みずから「破壊的技術」(CASE+A)側に降りていきにくいからだ。
トヨタの世界約36万人の従業員のほとんどは、現在の車をもっと売ることに汲々としていると推察される。危機を心配しているのは社長だけ、という構図だ。このような状況でトヨタが取る方策としては、外部資源を使うことになる。子会社として担当部門を本体と切り離すことにより外部化したり、外部会社のM&Aなどだ。また、専門企業と提携することも有効となる。とにかく自社だけでは大きな変革に対応できない。
動きはある。
トヨタはこの1年ほどの間に、立て続けにEV(電気自動車)を含む電動車の長期計画やアマゾンやウーバー、アップルなどIT業界の巨人との連携などを相次いで発表した。18年3月には、トヨタコミュニケーションシステム、トヨタケーラム、トヨタデジタルクルーズのIT子会社3社を統合し、19年1月に新会社トヨタシステムズを設立することを発表している。同じ3月にはデンソー、アイシン精機と共同による自動運転の新会社「トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスド・デベロップメント(TRI-AD)」を都内に設立することを発表した。
これらの動きは、従来の組織体系のままでは「イノベーションのジレンマ」状態に対応しない、できないということを理解した上での経営資源の再構成と見ることができる。
豊田社長は、自社が置かれている危機をよく理解している。それを社内に対してもよく発信しているが、既存組織の対応では間に合わないという構造もよく理解しているようだ。そして、対応策として既存組織(それは子会社群も含む)の再構成を行っているし、外部の経営資源の活用にも手を伸ばしている。
状況の認識と矢継ぎ早の対応策の繰り出しという点で、私は豊田社長を優れた経営者だと認める。問題は、豊田社長が繰り出している、そしてまだ発表していないであろう諸々の施策が間に合うか、ということだ。変革するにはトヨタというのはあまりに大きな組織に見えるからだ。豊田社長の挑戦に注目し、応援している。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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