乗客を乗せて高速道路を走るバスは大きく分けて2種類、路線バスとツアーバスがある。格安の高速バスはほとんどが後者で、いわゆる観光バスなどの貸し切りバスと同じ種類だ。旅行代理店が企画して集客し、その実際の運行を貸し切りバス会社に委託する形になっている。8月1日以降は路線バスに1本化され、従来のツアーバスの形態では営業できなくなる。路線バスは主に大手バス会社が国の認可を受け、停留所を設けて、決まった路線を定期運行する形だ。
ツアーバスが廃止となったきっかけは、昨年4月、群馬県の関越自動車道で乗客7人が死亡した高速ツアーバス事故である。運転手が過労から居眠り運転していたのが原因だった。
●路線バスとして継続する事業者は4割程度
都市間ツアーバスの利用者は、2005年には約21万人だったが、国の規制緩和により新規参入事業者が増え、10年には約600万人が利用している。その半面、過当競争となり、「立場の強い旅行会社がバス会社にコスト削減を強要し、安全対策がおろそかになっている」との指摘が、バス業界から上がっていた。また、関越道の事故で、運行の責任主体などが不明確な点や安全上の問題が浮き彫りになった。国土交通省が昨年、高速ツアーバスの運行会社を調べたところ、全体の64%の会社が、運転手に必要な休憩を取らせていなかったり、長時間運転をさせたりしていたということが判明した。
高速ツアーバスが廃止となり、新たに路線バス事業の認可を得るには、停留所を設けるほか、バス6台以上を保有する必要がある。国交省によると、高速ツアーバス業者は昨年9月時点で、旅行会社などの企画側が58社、請負側の貸し切りバス事業者が228社の計286社あったが、新たに路線バス事業を申請したのは、7月23日時点でその約4割の111社にとどまっている。その理由として、新制度で義務付けられた停留所設置などのほか、運転手の増員などの負担増があるだろう。
運行を継続する事業者も戦略の見直しを迫られている。新聞社の取材に対し、エムケイ観光バス(京都市)は「8月以降は値上げせざるを得ない」と説明している。最大手のウィラーアライアンス(東京都)はこれまでの子会社3社体制から、全国の運行エリアごとに新たなバス会社を7社設立して10社12営業所体制に変えた。
申請は今後も受け付けられるが、審査には約3カ月かかり、マーケットの大幅縮小となるかもしれない。多くの高速ツアーバスが運行されてきた東京と、大阪や名古屋、それに仙台を結ぶ路線は、8月以降の帰省ラッシュにバスが不足し、予約が取りづらいといった影響が出ることも予想される。
学生や若者のように、交通費を少しでも安くして旅行を楽しみたいという人には残念だろう。また、夜間高速バスは21~23時台に出発して、目的地には早朝到着するため、多忙なビジネスマンの利用者も多いが、そんな人たちにも影響があるかもしれない。
●規制強化は経済に悪影響か
規制緩和・撤廃すれば、ほとんどの場合において、その業界のマーケットは大きく広がる。逆に規制を強めれば、そのマーケットは一気にしぼんでしまう。今、アベノミクス「第3の矢」として規制緩和の行方に注目が集まっており、安倍政権と官庁(霞ヶ関官僚)との攻防が焦点だ。ほとんどの官僚は許認可権限を手放したくないわけで、規制緩和など自らする理由もない。逆に、何か問題が起きれば、役所は「ほら見たことか」とばかりに規制を強めてくる。
昨年7月、食品衛生法の基準が変わり、飲食店で牛の生レバーが食べられなくなった。一昨年4月、北陸の焼き肉チェーンで、ユッケなどを食べた5人が死亡した食中毒事件が発端だった。生食用肉提供の規制が形骸化していたことが問題視され、批判を受けた厚生労働省が厳罰化へと一気に舵を切ったのである。
高速バスの安全運行は大前提であり、利用者大半の感覚としては、今回の国交省の措置は仕方がないというところかもしれない。生レバーの事件とは同レベルで考えることはできないだろう。結局、自由なマーケットが順調に拡大して経済発展に寄与するには、事業者らの倫理観と自立した生活者の消費行動が重要であり、さもなければ役所の介入を招くことになってしまう。
(文=横山渉/ジャーナリスト)