日本ビル(東京)(「Wikipedia」より)
総会の前日までに完了する予定だった増資金が払い込まれず、主要議題になるはずだった経営再建策の説明もなく、通常の前期事業報告、対処すべき経営課題、株主からの予定調和的な質疑応答、取締役・監査役の選任承認などのスケジュールをシャンシャンとこなし、総会は1時間あまりで閉会した。
鶴丸哲哉社長兼CEO(最高経営責任者)が、経営戦略を語る場面もなかった。
それが6月26日、川崎市内で開催されたルネサスエレクトロニクス(ルネサス)の定時株主総会だった。
同社は2013年3月期連結決算で1676億円の巨額赤字を計上、前身企業から数えると8期連続の赤字に沈んでいる。そのようななかでの株主総会だった。「経営陣が自らの責任による経営再建策を何も示さず、それを産業革新機構(革新機構)に丸投げしている。これが上場会社の株主総会とは到底思えなかった」と、憤まんやるかたのない「お付き合い株主」のひとりは、当日の異様な模様をネットでつぶやいている。
経営漂流を続けているルネサスの行方を探る前に、この総会で鶴丸社長が成果を強調したという「構造改革の着実な進展」について、過去1年間の主な流れをざっくり見ておこう。
●リストラと借金を繰り返した1年
<12年5月9日、東京都内で12年3月期連結決算を発表>
営業損益が568億円の赤字、最終損益が626億円の赤字だったと発表。また「経営再建に向けた事業計画を策定中」として、13年3月期の業績見通しを開示しなかった。12年1月末に発表した同年3月期決算予想の下方修正により、株式市場では運転資金不足が取り沙汰されていたが、この日の決算発表では「運転資金は十分にある」(同社)と市場の噂を否定した。だが、間もなくその言葉は嘘であることが判明した。
<12年7月3日、東京都内で事業計画を発表>
国内生産18拠点の再編と5千数百人規模の早期退職者募集を骨子とする事業計画を発表。
この席上、赤尾泰社長(当時)が発した「痛みや犠牲があってもルネサスを残す」の迷言が株式市場で話題を呼んだ。
<12年9月28日、970億円の資金調達を発表>
前出の事業計画に必要として、970億円の資金調達を発表。このため、大株主のNEC、日立製作所、三菱電機の3社と計495億円の融資契約を、主力取引銀行の三菱東京UFJ銀行、みずほコーポレート銀行、三井住友信託銀行、三菱UFJ信託銀行の4行から計475億円の長期借入契約を、それぞれ結んだ。これにより、市場で噂されていた運転資金不足の事実が白日の下にさらされた。
<12年10月3日、早期退職者の募集結果を発表>
9月26日に締め切った早期退職応募者は、計画の5千数百人に対して、約7500人に膨れ上がった。予想外の結果に、同社は「これで年間約540億円の人件費削減ができる」と喜んだが、業界内では「これでまた優秀な技術者が海外に流出した」と囁かれた。
<12年12月10日、産業革新機構等から1500億円の出資受け入れを発表>
官民ファンドの革新機構を中核に、トヨタ自動車、日産自動車、パナソニックなどの主要顧客8社から第三者割当増資により総額1500億円の出資受け入れを発表。運転資金不足の深刻さを株式市場に印象付けた。
<13年1月17日、リストラ追加を発表>
前年10月に実施した約7500人の人員削減に引き続き、13年9月末をめどに3千数百人規模の人員削減を追加実施すると発表。
このように、ルネサスは過去1年間だけでも、借金に次ぐ借金、リストラに次ぐリストラを重ねてきた。それが鶴丸社長の言う「構造改革の着実な進展」の実態だった。同社関係者は「本来の意味での構造改革は一歩も進まず、借金もリストラも『2階から目薬』程度の効果しかなかった」と、疲れ切った様子で打ち明ける。
●刷新された経営陣も…
<13年2月22日、役員を刷新>
2月8日の13年3月期第3四半期連結決算発表の席上で「経営陣の進退については、これから出資する機構等が決定することなので、私からは何も答えられない。しかし、私個人としては業績低迷に対する経営責任を感じている」と、退陣をほのめかしていた赤尾泰社長を筆頭に、4名の代表取締役・取締役が一斉に退くと共に、執行役員を16名から8名に削減する役員刷新を発表。同時に、7つあった事業本部を4本部に統合縮小する組織変更も発表。
業界内では「同社への出資表明時、『経営再建には明確なリーダーシップが必要』と注文を付けていた革新機構筋による実質的な更迭」と噂された。
その革新機構の了承を得て新社長に就任したのは、ルネサスの取締役執行役員兼生産本部長の鶴丸哲哉氏。しかし、鶴丸新社長も赤尾前社長と同じ日立製作所出身。
そんなこともあり、業界関係者の間では「鶴丸新社長は日立時代から、半導体製造一筋に歩んできた工場長クラスの器。革新機構が出資を完了し、ルネサスの経営支配権を掌握するまでのショートリリーフ」との見方が広がった。
この見方を決定付けたのが、5月9日の13年3月期連結決算発表だった。