大手牛丼チェーン吉野家ホールディングスが2019年に発売した「缶飯」シリーズ。同社の主力商品である「牛丼」や「豚丼」などを缶詰にした商品だ。発売当初には店頭で購入した牛丼との食べ比べ企画などで各メディアに取り上げられ、売り切れが続出するなど爆発的な人気を博した。それから2年以上経った21年12月5日、Twitter上で「缶飯」が注目を集めていた。牛丼の具が入っていると思っていた購入者が、白米の上に缶詰の中身をかけたら、具だけではなく米が入っていたことに驚きの声をあげたのだった。同様の“勘違い”は多いようで、以下のような投稿が相次いでいる。
「同じことをやった」
「やっぱ皆間違えますよね(自分もやった)玄米でちょっと歯ごたえある米なので、牛丼丼でもまあ、食べれました」
「米が入った缶詰なんてあるのね」
「米の入った缶詰」開発は難航
「缶飯」は非常用保存食として売り出した商品だ。吉野家公式通販サイトの「缶飯」には次のような説明がなされている。
<高機能玄米「金のいぶき」と吉野家牛丼の具が合体した、常温で食せる初の「ご飯缶詰」が登場です! 具材は、吉野家牛丼具をたっぷり使用。冷凍牛丼の具を用いることで、お店の味をそのまま表現しています>
ご飯の缶詰は珍しい。一方で、レトルト食品などの「牛丼の具」には米は入っていないため、これまで購入者の“勘違い”が多々あったようだ。この2年間で、「吉牛の缶飯になぜか米が入っていた」などというテーマの記事が複数散見された。
なぜ吉野家は“牛丼の具の缶詰”ではなく“牛丼の缶詰”をつくろうとしたのか。その答えの一端を、日経BPが企画、制作しているWebメディア「未来コトハジメ」で2019年9月17日に掲載されたインタビュー記事『なぜ、吉野家は牛丼を缶詰にしたのか?話題の非常食、「缶飯」開発の経緯を聞く』から読み取ることができた。
「缶飯」プロジェクトを担当した同社執行役員・外販事業本部本部長(当時)の早麻義隆氏の同記事の発言によると、同企画は1995年の阪神大震災時にテントで被災者に牛丼をふるまったことまで遡るのだという。
同社はその後、東日本大震災(2011年)や熊本地震(2016年)でもキッチンカーなどを使って牛丼を提供してきたことなどを説明。そうした社としての災害支援のあり方のなかから、「吉野家だから作れるものを模索したい」となったのだという。
そのうえで、早麻氏は「缶飯」のコンセプトを次のように語っている。
「もともとの思いが非常食ですから、常温で加熱せずにそのまま食べられるところには強くこだわりました。震災や台風などの被災直後はお湯もなければ火も起こせません。災害救助の初動の時点で、温めないと食べられない防災食など意味がありません」
とはいえ、ご飯入りの缶詰をつくるのは技術的に難しかったようで、「実際に完成するまでとても苦労しました。ハッキリ言って最初の試作は美味しくなかった。やはり缶詰でご飯付きというところが難しかったんです」と振り返り、最終的に白米から玄米に替えることで成功にこぎつけた経緯を明らかにしていた。
災害という“非日常”の中で大切な“日常の味”
東日本大震災時、岩手県沿岸を取材していた新聞記者は次のように話す。
「吉野家さんはかなり早い段階で、同社のキッチンカーであるオレンジドリーム号を被災地に派遣していました。大船渡市では発災1週間後の3月18日にオレンジドリーム号が現れ、被災者に牛丼を振舞っていました。各避難所の間で配給される食事の量や質に差があり、場所によっては1週間、ほぼ菓子パンしか配られなかったところもありました。
電気もガスも水道も止まっている、満足な食糧もない中で“震災が発生する前、普通に暮らしていた時の味”を食べることができるというのは、平時から想像ができないくらい嬉しいものです。
70代の被災者男性が、涙を流しながら牛丼を『うめぇな、うめぇな』と食べていた姿が今でもありありと思いだされます。吉野家さんは、阪神大震災以降、そういう被災地の現場を見てきたこともあり、より多くの人に“かつての日常の味”を味わってもらいたくて缶飯を作り出したのではないかと思います。
災害という“非日常”の中で、多くの人が精神的にも身体的にも追い詰められます。そんな中、『自分の好きだった味』『日常を思い出せる味』を食べることができるというのはとても大事なことだと思います。店頭のものとまったく同じ味であることにこしたことはありませんが、災害時にはそこまでの再現性は必要ないのではないでしょうか。缶詰は自治体などの防災倉庫に備蓄するのは最適ですし、缶詰一個に米と主菜が含まれ、一食が完結するというのもよくできていると思います」
年末年始の大掃除のタイミングで、災害用の備蓄食料を更新する家庭も多いだろう。ストック中の非常食の中に吉野家の「缶飯」があったのなら、この機会に食してみるのもいいかもしれない。