大企業の多くには、セクショナリズムが存在する。縦割り意識だ。しかも、一般的にいって、デザイン部門と製造部門は水と油の関係にある。部門の壁を越えた「共創」には、高いハードルがある。
だが、マツダは違う。実際、数多くの部門間の取り組みがある。一例は、通称「カスケード(階段状に流れる水の流れ)」と呼ばれる取り組みだ。デザイナーは「デザインカスケード」で、量産前のデザインの意図や思いを他部門に発表する。普通はありえないことだが、クルマが発売される1年以上も前に、社内にデザインを公開してしまうのだ。
リスクを承知でデザインを事前公開するのは、生産現場の協力がなければ、デザイナーの意図を量産ラインに落とし込めないからだ。
「デザインさんが手塩にかけたものを我々に見せてくれる。超極秘事項を金型のすべてのメンバーに開示してくれる。そこまでしてくれたら、正直、われわれもマツダのクルマのファンになるわね。デザインさんの思いを伝えられるように、しっかりつくらにゃいけんとなる。
デザインさんは、思いをもっとる。その思いをわれわれと共有してくれる。われわれも、それに応えたいとなる。デザインさんの思いを現場に持ち帰って、どういう磨き方がいいのかなど知恵を出し合わなければいけない」
美しいクルマをデザインするのはデザイナーだが、そのクルマを量産できるかどうかは、金型で決まる。優れた金型づくりを抜きに、美しいクルマの量産化は不可能だ。
実際、マツダのクルマづくりにおいて、金型部門の存在感はとてつもなく大きい。金型部門が切磋琢磨して技術を向上させれば、それだけ、デザイナーも高みを目指すことができる。互いがいいパートナーであり、ライバルでもあるのだ。
金型部門のご神体づくりは、その後も続いた。クレイモデラーが金型部門に出向き、クレイを磨く姿を見せた。「ご神体」は2体目にして初めて、クレイモデラーも納得する出来に仕上がった。
ミクロンへのこだわり
前田は「クルマはアートである」と言いきる。問題は、「アート」の量産化だ。果たして、「アート」の量産化は可能なのか。橋本は、次のように語る。
「マザーツールとしての金型ができて初めて何十万台を量産できる。だから、手を抜けんところなんです」
しかも、金型の出来は生産効率を左右する。形状が複雑であれば、なおさらだ。
「設計を始めてから金型にするまでに6カ月かかる。そこからさらに6カ月かけて、ピカピカのボディパネルをつくる。デザインさんとの技術の検証を含めて、トータルで1年半はかかる」