「これは、ご神体ではない」
マツダ広島本社工場の工機部門内にある、「ツーリング製作部(Tool & Die Production Dept.)には、“ご神体”が祀られている。クレイモデラーが「魂動デザイン」をかたちづくった110センチほどのデザインオブジェだ。ご神体にはお神酒が供えられ、生産部門の職人たちは、まるで“神様”のごとくオブジェを崇める。
現場の職人たちは判断に迷うと、ご神体を仰ぎにやってくる。その前にたたずみ、じっと観察する。醸し出す表情や抑揚に、デザイナーのこだわりを感じとるためだ。その重要性について、金型部門の橋本昭は次のように語る。
「ご神体には、マツダデザインのイズムがすべて入っとる。デザインさんの思いを再現するには、ご神体の実態をよう知らにゃいかん」
ご神体の役割は、クルマに「命」を吹き込むことだ。
「最初にご神体を目にしたときには、なんと難しいかたちなのかと思った。ご神体に込められた生命感をわれわれの力で本当にかたちにできるのか。えらいプレッシャーだった」
金型部門はこれまで、開発部門がリリースしたCADデータをもとに金型を製作していたが、デザイナーの思いを十分に金型に反映できてはいなかった。果たして、ご神体の造形を金型に落とし込むことはできるのか。橋本たちは、金型と同じ材料の鉄でオブジェを再現してみることにした。量産に向けた技術課題を探り出すためである。普通に考えれば、金型部門がそこまで踏み込むことなど考えられない。しかし、金型部門はあくまでも自発的に動いた。
金型部門はご神体を借り出して、オブジェを非接触3次元計測器で計測し、CADデータに変換した。そこから鋳物および切削用NCデータを作成して、オブジェを完成させた。しかし、1回目は失敗作だった。
「デザイナーに見てもらうと、これはご神体ではないといわれた。『魂』が入っとらんというんですね」
デザインのトップを務める前田育男は、1回目のご神体を即座に却下した。クレイモデルを担当するデザインモデリングスタジオ部長の呉羽博史も、「これは違う」といった。実際、橋本も「キャラクターにシャープさがない」と思った。
金型部門は一念発起した。なぜ、「魂」が入っていないのか。クレイモデラーと一緒になって、技術課題を洗い出していった。
「われわれも、加工技術を進化させんと、デザインさんの思いをかたちにできない。微妙なところを再現するには、いろんな工法、技術を磨かんとムリだと思いました。われわれも、『共創』活動で大いに勉強させてもらったんですね」