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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

音楽の世界もアジアの時代が到来…欧米のオーケストラ、コンサートも東洋人が席巻

文=篠崎靖男/指揮者
音楽の世界もアジアの時代が到来
「Getty Images」より

 日本経済研究センターがアジア・太平洋地域の15カ国を対象に、2035年までの経済成長の見通しをまとめたことが、今週の日本経済新聞で報道されています。

 大きな話題となっているのは、現在はGDPが日本の半分程度のインドが急成長して、2029年時点で日本を追い越し、世界3位の経済大国になると予想しているのです。そうすると、日本は第4位となってしまいます。もちろん、日本にはまだまだ頑張ってほしいところですが、現在2位の中国も含めて、昔から現在に至るまで華僑・印僑として世界中を自由自在に行き来しながら、その土地で大きな財を成していく中国人やインド人の知人たちを見ていると、そのエネルギーは驚くばかりです。

 1位のアメリカは別格として、日本を含めたアジアの主要3国が2位から4位まで占めることとなり、今後、アジアパワーはますます膨らんでいくと思います。もちろん、音楽の世界でも、オーケストラメンバーの中に優秀な東洋人が所属していることは当たり前の状況となっています。

 調べてみると、アメリカの7大オーケストラ、つまり一般メンバーの初任給が日本円で1000万円を軽く超えてしまうオーケストラの各コンサートマスターを数えてみると、総数は25名。この25名は、プール付きの家でアメリカンドリームを謳歌するような選ばれたヴァイオリニストたちですが、そのなかに東洋系は、なんと11人もいます。ニューヨークやフィラデルフィアのような伝統あるオーケストラなどでも、3名のうち2名は東洋系で、特に中国系、韓国系が占めています。

 そんななか、日本人で頑張っているのは、ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターのアキコ・タルモトさん。正確には日系2世なのですが、ハーバード大学にも在学していた俊英で、日本生まれのお父様は京都大学在学中に京都大学交響楽団で演奏されていたくらい、音楽に熱心なご家庭で育っています。なぜそんなことまで知っているかというと、僕がロサンゼルス・フィルハーモニーの副指揮者を務めていた頃に、彼女と短い協奏曲を演奏したことがあるからです。ものすごく上手なヴァイオリン奏者です。

 少し話が逸れてしまいましたが、かつてアメリカのオーケストラのコンサートマスターはユダヤ系ばかりでしたが、今ではアジア系、特に極東アジア系が大活躍していますし、ヨーロッパを見渡しても、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターの樫本 大進さんをはじめとして、アジア系がバリバリと活動をしているのです。

 オーケストラのコンサートマスターになるのは、飛び抜けた才能だけでなく、国が裕福でなければ、留学以前に音楽教育どころではありません。僕も30年近く世界を巡りながら指揮者をしていますが、優秀な音楽家が輩出されることは、彼らの母国の成長ぶりを反映しているように思います。日本がバブル経済にわきたっていた頃は、海外でのアジア系ソリストといえば、とにかく日本人でした。その後、韓国系ソリストがどんどん出てきて、今では中国から多くの優秀なソリストが輩出されています。

 ちなみに、昨年ポーランドで行われたショパン国際ピアノコンクールで第2位を受賞した反田恭平さんが、今もなお世間の話題をさらっていますが、第1位はカナダ国籍ではありますが、中国系ピアニストのブルース・シャオユー・リウさんです。「反田さんのほうが優勝にふさわしいと思う」といった意見も多くありますが、いずれにしてもヨーロッパの三大ピアノコンクールの1位と2位が東洋人というのは、それだけでもすごいことだと思います。

音楽の世界もアジアの時代に突入

 そんな中国ですが、クラシック音楽の分野にも力を注いでいます。そのひとつをご紹介すると、かなり大がかりなピアノコンクールを開催しているのです。

 ショパン国際コンクールも優勝賞金4万ユーロ(約520万円)という驚くべき額ですが、実は世界で一番賞金が高額なのは、中国国際音楽コンクールです。その優勝賞金額はなんと15万ドル(約1740万円)。続いて高額なのも中国で、賞金額10万ドル(約1160万円)の上海アイザックスターン・ヴァイオリン・コンクール。3番目はカナダ、4番目に韓国とシンガポールの音楽コンクールが並びますが、残念なことに日本のコンクールはトップ10から外れてしまっています。

 もちろん、コンクールは賞金稼ぎ目的ではなく、受賞以降の活動のきっかけが目的ですから賞金額は本質ではありませんが、アメリカでの中国系、韓国系、日系コンサートマスターの比率を考えると、なんだか比例しているようにも思ってしまいます。

 そんななか、世界的指揮者ズービン・メータは別として、インド系アーティストはまだまだこれからです。しかし、これから活躍するであろうインド系音楽家が出てきているところを見ると、経済はもとより音楽界においても、日本のライバルは欧米よりアジアになっている気がします。

 アジアのオーケストラも、香港フィルハーモニー管弦楽団は世界的にも有名ですし、上海、北京、シンガポール、マレーシア、そして台頭めざましい台湾のオーケストラ、日本人指揮者の本名徹次さんが長い間育てあげているベトナム国立交響楽団と、まだ日本のオーケストラのレベルにまで至っていなくとも、音楽の世界は、これからは日本を含めたアジアなのだと思わせる時代に入っているのです。

(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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