コロナ禍の消費生活が3年目を迎えている。スマホやパソコンで「非接触型」の買い物をする人も多く、さまざまな業界でEC(電子商取引)販売が伸びた。コロナ以前からの傾向だったが、この2年で一段と進んだという状況だ。
一方、商品・サービスを提供する側でも新たな手法を打ち出している。今回はそのなかで「S_mart(エスマート)」という“デジタルサイネージ商店”の事例を紹介したい。
「デジタルサイネージ」とは、ディスプレイやプロジェクターなどの表示装置で情報発信する電子広告だ。近年はターミナル駅や繁華街での設置が増え、動画の手法も多様化してきた。S_martはEC販売の一種。「これ1台で幅広い買い物が楽しめる」を掲げる。
運営するのはダン:サイエンス株式会社(本社:東京都中央区)だ。現在は本格稼働前の実証実験中だが、昨年3月にテレビ東京系の経済番組「WBS」(ワールドビジネスサテライト)の人気コーナー「トレたま」(トレンドたまご)でも取り上げられた。たまごが孵化(ふか)した後、どんな現状かをトピックスの視点で紹介したい。
商品は実物大で表示、自販機感覚の買い物
まずは商品(サービス)の特徴を聞いてみた。
「小売店の売り場と、そこに陳列される商品を『実物大で表示』することで、生活者の『日常の買物の楽しみを再現できる』ことが最大の特徴です。生活必需品だけでなく、さまざまな商品を揃えて“ご近所デジタルディスプレイ商店”というコンセプトで、サービスの提供とユーザーにご体験いただく設計をしています」
ダン:サイエンスの藤森貴弘さん(S_martグループマネージャー)は、こう話す。
「表示装置での買い物+デジタル商店」も強みのようだ。購入した商品は宅配してもらうか、指定の場所に取りに行く方法をとっている。
サービスの競合としては「ネット通販」もあれば、小売店が手がける「ネットスーパー」もある。買い物に出かけにくい高齢者向けには「移動販売」が知られており、最近は大都市の住宅街でも展開する。これらとどう違うのか。
「S_martは臨場感のある売り場と実寸の商品サイズで買い物することができます。ネット通販は便利ですが、商品分野・商品数が多く、時に検索疲れもしてしまいます。また移動販売に比べて、その場所に留まる時間が長く、品ぞろえの制限がないのも長所です」(同)
それぞれのサービスには長所もあれば短所もある。差別化の視点で紹介してみた。
どんなビジネスモデルで展開していくのか
新しい事業なので、ビジネスモデルについても考えたい。運営=ダン:サイエンス、流通=デジタルサイネージで商品販売する側――それぞれのメリットは何なのか。
「当社については、ユーザーである小売業の方から、月額ライセンス利用料(5万円~)を頂きます。ライセンスは2種類あり、(1)商品登録や売場を編集するクラウドソフトウェア(1万円)。(2)利用客が実際に操作する表示アプリケーションのレンタル料(4万円~)です。
(2)のアプリケーションは、拠点ごとにインストールが必要ですので、当社としてはいかにこの『拠点×アプリケーション』を増やすかが、売上拡大のポイントになります」(同)
ここでいう小売り(店舗販売側)は、中小商店向けなのだろうか。商品調達は実店舗があればよいが、ない場合はネット出店と同じ考えなのか――についても聞いてみた。
「特に地方で食品スーパーを営む事業主さんに、ご利用いただきたいと考えています。代表例として『ハブ-サテライト店舗』の考え方と運用方法を提案しています。ハブ店舗=既存の実店舗、サテライト店舗=S_martで、ハブ店舗の周辺に展開するモデルです」(同)
その場合のメリットを同社は、こう説明する。
(1)実店舗である「ハブ店舗」運営の延長で、「サテライト店舗」の運営ができる
(2)店舗在庫で運営を回すため、仕入れ調達業務に大きな影響はない
(3)実店舗での重労働(運搬・陳列・清掃等)をサテライト店舗は軽減できる
消費者の立場では、実店舗の信頼性があるほうが安心して買い物ができそうだ。
地場スーパーと組み、東京都八王子市で実証実験
2021年10月下旬から12月末にかけて、東京都八王子市で実証実験を行った。実験場所は「多摩ニュータウン松ケ谷団地内の集会所」(UR管理)で、関係者の許可を得てS_martを設置。同団地は周囲に生活用品店が少ない買い物困難エリアだ。
東京都稲城市、多摩市、八王子市、町田市にまたがる多摩ニュータウン(約4割が八王子市域)は、昭和40年代初めに開発計画や造成が始まった日本初のニュータウンとして知られる。当初は“団地族”、“ニューファミリー”と呼ばれた、夫婦と子どもの世帯が多く入居。近隣に大学などの教育機関も移転して地域は発展した。だが、時代とともに住民の高齢化も進んだ。
今回の実証実験では、集会所で注文を受け、店舗スタッフが最寄りのスーパーまで買い物にいく手法を採用した。商品代以外の配送料は一律500円(数量問わず)だった。
「私が現場を視察した際は、買い物客はそう多くありませんでしたが、エレベーターがない団地なので高齢居住者は喜んで利用していました」と、運営側の関係者は話す。
年齢を感じさせないアクティブなシニアも増えたが、人によって行動範囲は違う。年をとって身体機能が衰えた高齢者には、日用品や食品の買い物は結構な負担となる。
消費者像は「高齢者と育児中のママ」、だが……
今回の実証実験場所に選んだのは「団地」。ということは、コアターゲットは高齢者なのだろうか。
「特に、高齢の方と幼いお子さんを育児中のママをイメージしています。
実は、これらの層以外に『買い物に困る人』は想像以上に多くおられます。当社の商圏分析による調査結果によれば、日本では1km圏内に3000人以上の住民がいるのに、生活に必要な食品・日用品の小売店がないエリアが約700地区あります。その地区の住民の合計は、約300万人になっているのです」(同)
コロナ禍で別の意識も芽生えた。藤森さんが続ける。
「“他の人が触った商品を買いたくない”心理が働き、実店舗でも衛生管理の負担が多くなっています」
以前に行った別の取材では、「カレールーを煮込む時に野菜飲料を入れて味付けする人も増えました。野菜を洗って切る時間短縮だけでなく、他の人が触れた野菜を避けたい意識もあるようです」という話を聞いた。ここにも「非接触」意識の高まりがあるようだ。
同社は各地での商談も進めている。設置場所はたとえば「病院内の売店」(長野県)、「デイサービス施設内」(埼玉県)、「CD/DVD販売の自社店舗内」(東京都)などだという。
課題は残るが、利用者の期待は大きい
今後どうブラッシュアップして、本格展開につなげる予定なのか。
「本稼働前ですが、ユーザー事業者と利用者の方からは『こんなものを待っていた』という声を頂き、手ごたえを感じています。
課題は、目標としている利用者数(非公表)と売り上げの確保に、想定以上の時間がかかる点です。これは、ユーザーである小売事業者への訴求次第で解決できますが、同時に『どれだけ早く、慣れてもらうか』に尽きるでしょう。使い勝手をブラッシュアップし、高齢者や幼児でもすぐに使えるサービスとして、本稼働に備えたいと思います」(同)
うまく軌道に乗ればこんなことも行いたい、と同社は夢を描く。
「生活必需品だけでなく、『趣味やコレクションの買い物を楽しみたい』人に対しても、魅力的な商品やサービスが提案できるシステムにしたいと考えています。
S_martは実物を手に取れないのですが、『実物を触れない商品』は意外に多く、たとえば希少価値の骨董品や美術品があります。レアなフィギュアや熱帯魚などもそうですね。そうした高額嗜好品や実物の運搬展示にリスクを伴う商材にも向くと考えています」(同)
仮想空間もどんどん実風景に近づいてきた。「実物大の表示」「ハブ店舗の設置拠点」が増え、操作性が一般的となれば、従来型のECとは違う利便性で支持されるかもしれない。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)