まさに、とんでも発言が飛び出した。黒田東彦日銀総裁は6日、都内の講演で、新型コロナウイルス感染拡大の影響で人々は消費したくてもできず強制的に貯蓄が積み上がっているため、「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」として、
「家計が値上げを受け入れている間に、良好なマクロ経済環境をできるだけ維持し、賃金の本格上昇につなげていけるかが当面のポイントだ」
と述べた。
いったいどれだけの家庭が値上げを受け入れているというのか。受け入れたくなくても受け入れざるを得ないだけである。しかも、倒産する企業、自己破産に追い込まれる者、失職する者、生活に苦しんでいる者、そして明日はどうなるかわからず不安を抱えながら毎日を過ごしている者など、受け入れられなかった者もごまんといる。強制的に貯蓄が積み上がっている状況とは、よく言えたものである。
黒田家には貯蓄が積み上がっているかもしれないが、「コロナのお蔭で貯蓄が増えて、早くお金をいっぱい使いたい家庭」は圧倒的に少数であり、大多数は不況と物価高騰に頭を抱えているのが現状だ。「こんな現状を受け入れたくない」といっても、どうしようもないのだ。働こうにも職がない。職があって働いていても、とても貯蓄が積み上がっていく状況ではないのだ。
エネルギーと食品の高騰に加え、円安が追い打ちをかけている。まさに三重苦の現状であるはずが、黒田日銀総裁は昨年末から今年に入っても、常に「円安は日本にとってプラスだ」と言い続けており、16日の講演でも
「安定的な円安方向の動きであれば、わが国経済全体にはプラスに作用する可能性が高い」
と述べている。輸入に頼るところが多い日本で、円安のメリットを受ける企業、国民は少数派だ。しかし、黒田氏は一貫して「円安大歓迎」の姿勢を貫いている。そもそも円安に苦しんでいる企業や国民の声など聞く耳を持っていなかったのだ。
岸田首相「資産所得倍増プラン」
日銀の金融政策をうんぬんする前に、日本の現状を正しく理解できない人が日銀総裁であっていいはずがない。これは、日銀総裁だけではない。岸田文雄首相も同じような考えを持っている。岸田首相は5日、ロンドンで「資産所得倍増プラン」を表明している。黒田総裁と同じような認識で「日本人は貯蓄が多いから、その現預金を投資させることで資産所得を倍増させる」と宣言しているのだ。
しかし、現実は「現金預金を貯蓄していても、とても投資に回せる余裕はない」人が多いのだ。先が見えない不安定な世の中で、中高年は「年金が毎年のように減っていき、老後が心配で蓄えを投資に回せる余裕などない」し、働き盛りであっても「これから何十年もローンの支払いができるだろうか」「子どものためにいくらお金がかかるかわからない」「定年まで働き続けることができるのか確信が持てない」といった不安を抱えている人が多いのだ。そのための貯蓄であり、それをどうなるかわからない投資資金には使えないのだ。
貯蓄があってこそ、不安がいくばくか安らぐのだ。「お金がいっぱいあって、使いたくて仕方がない」家庭など、ほんのわずかだ。
今、日本は重大な危機を迎えているはずだ。ところが、政治と金融のトップの2人は、とても呑気だ。2人とも国民に貯金を使わせることしか考えていない。国民が生活の危機に直面していることなど、まったく理解できていないのだろう。こんな呑気な2人に、日本を任せていいものだろうか。
折しも参議院選挙の時期である。参議選は政権選択選挙ではないものの、「家計が値上げを受け入れている」「投資で資産所得倍増」などとまったく的外れな発言への国民の怒りは、選挙に向けられるだろう。自民党圧勝の予想の参院選だが、この2人の発言が命取りになるかもしれない。