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高井尚之が読み解く“人気商品”の舞台裏

キリン、ビール会社から健康関連へシフトの裏側…「プラズマ乳酸菌」がバカ売れ

文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。

キリン、ビール会社から健康関連へシフトの裏側
キリンが注力する「プラズマ乳酸菌」の商品(写真提供:キリンホールディングス)

 キリンといえば、1888(明治21)年に発売された「キリンビール」が有名だ。発売時から使われる伝説の聖獣・麒麟(きりん)のロゴで知られ、ビール会社のイメージが強い。

 現在も稼ぎ頭で、キリンホールディングス(HD)の発表によれば「売上高に占める国内ビール・スピリッツ事業は36.3%」、オセアニア酒類事業(11.9%)を足せば、2021年度の全売上高=1兆8000億円超の半数近くを“酒類”が占める。2020年のビール類(ビール、発泡酒、新ジャンル)のシェアは、アサヒビールを抜き業界首位だった。

 だが、近年注力するのは、独自素材「プラズマ乳酸菌」を打ち出した免疫ケアだ。2022年1~9月のプラズマ乳酸菌シリーズの販売金額は前年比5割増。絶好調で推移している。

 なぜ“ビールのキリン”がプラズマ乳酸菌に力を入れるのか。事業の責任者に話を聞きながら、免疫ケアの横顔を紹介。合わせて、消費者の健康志向を考えてみた。

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キリンホールディングス本社に展示された「免疫ケア」の商品

「健康食品」の伸びを上回る「免疫対策」市場

「消費者の健康意識の高まりにより、健康食品市場は伸びていますが、免疫関連の伸びはそれを上回っています。たとえば『健康食品(サプリメント・食品・飲料)に関する調査』では、2013~2021年における健康食品市場全体の年平均成長率が2.6%なのに対して、『免疫対策』市場の年平均成長率は5.4%となっています(※)。2022年以降も継続的な成長が期待されており、当社が推進するプラズマ乳酸菌シリーズの業績もそれを証明しています」
※健康食品:サプリメント・健康機能を目的に摂取される食品・飲料。(出所)富士経済H・Bマーケティング便覧2022 №1「機能志向食品編」、№2「健康志向食品編」

 キリンHDの永井勝也さん(ヘルスサイエンス事業本部 ヘルスサイエンス事業部 マーケティンググループ主幹)は、こう説明する。

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ヘルスサイエンス事業部のマーケティング責任者である永井勝也さん(写真提供:キリンホールディングス、撮影のためマスクを外しています)

 実は永井さんは、「一番搾り」(ビール)や「本麒麟」(新ジャンル)のブランドマネージャーを務めた人物。10年以上在籍したビール事業のマーケティング部を離れて現職に就いた。「ビールからプラズマ乳酸菌に」を体現しているのだ。

コロナ禍で意識が高まり、「免疫ケア」売り場も拡大

「好調の要因は大きく3つ挙げられます。(1)免疫対策市場の拡大、(2)消費者の免疫“自分ゴト”化、(3)プラズマ乳酸菌の認知向上です」(永井さん)

 あらためて記すと、そもそも「免疫」とは、感染や病気、望まれない侵入生物を回避するための防御力を持つ状態だ。新型コロナウイルス感染防止で、免疫が強く認識されたのはご存じのとおり。コロナ前から拡大していた市場は、そうした不安心理も手伝い、さらに伸長。大型小売店の店頭では、「免疫ケア」売り場も拡大した。

 キリンが訴求するブランドが、2017年に登場後、2020年11月に機能性表示食品として発売された「iMUSE」(イミューズ)だ。レモンおよびヨーグルトテイストのペットボトル飲料(500ml)を中心に商品を展開。小売り店頭でも存在感を高めてきた。

 また、プラズマ乳酸菌の菌体は、同社の看板ブランド「生茶」や「午後の紅茶」にも配合され、商品パッケージに記されている。他社への菌体供給も進め、現在、プラズマ乳酸菌関連商品は38商品(キリングループ27商品、外部パートナー企業6社で11商品)に増えた。

 2022年9月には日本コカ・コーラ社に提供することで合意した。今後、日本コカ・コーラより同乳酸菌を配合した飲料の開発が進められる予定で、他社への供給も含めて免疫対策市場を盛り上げたいのだ。キリンが「iMUSE」ブランドより、菌体の「プラズマ乳酸菌」を前面に打ち出す理由もここにある。

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小売りの店頭で存在感を高めた「iMUSE」のペット飲料2品。健康イメージの高い「ヨーグルトテイスト」のほうがよく売れるという
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他社ブランドも増え、関連商品も拡大した(写真提供:キリンホールディングス)

コア技術「発酵・バイオテクノロジー」の横展開

 ここで、冒頭に記した「なぜ、ビールのキリンがプラズマ乳酸菌に力を入れるのか」を永井さんに聞いてみた。

「みなさん疑問に思う点だと思います。実は、キリングループのコア技術は発酵・バイオテクノロジーなのです。ビール製造の工程で必要となるビール酵母、そうした発酵技術によって生み出した素材は健康機能性などの価値があり、これまでもさまざまな事業に応用されてきました」

 キリンが医薬事業に参入したのは、40年前の1982年だ。開発の背景は、「強すぎるキリンビール」への危機感からだった。

「当時、ビール市場におけるキリンのシェアは60%を超えており、独占禁止法に抵触する恐れもありました。そのリスクを減らし、既存の経営資源を有効活用するため、事業多角化の声が高まりました。そして1981年、社内から医薬品事業参入を提言した調査報告書(通称「斎藤レポート」)が提出され、医薬品事業への進出が基本方針となったのです」

 さらに「バイオテクノロジーを切り口とした医薬品事業への参入が有望」とされた。

 なお、「独占禁止法」(独禁法)とは正式名称が、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」で、簡単に記すと私的独占行為を禁じている。戦後の日本経済の事例でよく紹介されるが、1987年に「スーパードライ」(アサヒビール)が発売されるまでのビール業界はキリンビールが圧倒的強者で、同法に抵触しかねないほどの勢力図だった。

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基礎研究から応用研究まで、研究開発にも注力してきた(写真提供:キリンホールディングス)

主力のビール系の消費量は年々縮小

 前述した「売上高に占める国内ビール・スピリッツ事業:36.3%」に対して、「医薬事業:19.3%」「その他事業:19.1%」となっている。40年で医薬事業も2割弱まで伸びた。

 まだまだ差が大きいように思えるが、少子高齢化、健康意識の高まり、嗜好の多様化などでビール系飲料の消費量は年々減っている。「国内のビール系飲料の2021年出荷量は前年比5%減」(キリンビール調べ)で、17年連続で縮小した。ノンアルコール市場も伸びているが、昨年の他社取材では「ビール類を“100”とするとノンアル市場は約“5”」と聞いた。

 つまりメーカーとしては、“今日のメシ”(ビール・スピリッツ事業等)が元気なうちに、“明日のメシ”(医薬事業、その他事業)を育成し、次の主力事業に育てたいのだ。

「プラズマ乳酸菌は、免疫細胞の司令塔『プラズマサイトイド樹状細胞(pDC)』に働きかけることができる世界で初めての乳酸菌で、2010年にキリンの藤原大介(現ヘルスサイエンス事業部部長)によって発見されました。免疫細胞の司令塔に直接働きかけるのが特長です」

 キリンHD社長の磯崎功典氏は、メディアから「すでに競合がひしめく健康事業に注力するのは、レッドオーシャン市場ではないか?」と聞かれて、こう答えた。

「ただの健康事業ならレッドオーシャン市場かもしれません。でもプラズマ乳酸菌による免疫ケアは独自の取り組みです。当社としてはブルーオーシャン市場だと思っています」

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消費者の人気が高いビール類だが、市場は縮小している

「免疫ケア」をどう習慣摂取してもらうか

 前途洋々のように思える「プラズマ乳酸菌による免疫ケア」だが、課題も残る。もっとも大きいのは、「健康志向はあるが、飽きっぽい消費者」との向き合い方だ。

 日本の消費者は昔に比べて成熟した半面、失礼ながら、健康食品に関しては昔から「××が健康にいいと思えば飛びつく。でも長続きせず、習慣化に至らない人が多い」と感じる。過去の取材経験では、××には「ポリフェノール」「DHA」などが入るだろう。

「食品摂取の習慣化はなかなか難しく、最近の調査でも『免疫ケアは必要ですか?』と聞くと、必要と答える方が約85%いますが、『習慣的に行っていますか?』では、行っている方が約11%に下がりました。免疫の状態が自分でわからない一面もあるでしょう」

 こうした課題に対しては、「将来的には、免疫の状態を見えるようにする技術開発を、社内では検討しています」とも話す。

 2022年11月、キリンと花王は和歌山県立医科大学が主宰し、NPO法人ヘルスプロモーション研究センターが取りまとめるコホート研究(※)「わかやまヘルスプロモーションスタディ」に参画し、内臓脂肪と免疫の司令塔(プラズマサイトイド樹状細胞=pDC)などの活性について、その関連を調査する研究を共同で実施する――と発表した。企業の垣根を超えた共同研究も進めていく方針だ。
※コホート研究=疾病の要因と発症の関連を調べるための観察的研究のひとつ

「未病」という、社会課題の解決に貢献したい

 国内の取り組みだけでなく、すでに海外展開も進めている。

「2019年からベトナムで、280mlのペットボトル『KIRIN iMUSE』を発売していますが好調です。2020年9月~2021年1月にかけて、ベトナムの小学校1~3年生約1000名を対象にプラズマ乳酸菌の臨床試験を行い、有用な効果も得られました。今後はインドネシアなどでも事業を進め、さらにアメリカ本土でも事業を拡大していく予定です」

 キリンは「社会的ニーズや社会課題の解決に取り組む」(社会との共通価値の創造)も掲げる。ノンアルコール飲料「キリンフリー」(2009年発売)は、消費者の「運転前に安心して飲める商品を開発してほしい」という声にも後押しされて生まれたという。

 プラズマ乳酸菌を通じて実現する「社会課題の解決」は何になるのか。

「発病には至らないけれど健康な状態ではない『未病』に対して、プラズマ乳酸菌がどう貢献していくか、だと思います。人生100年時代となり、健康寿命の延伸も大切です。免疫は健康の土台なので、そうした健康維持がキリンの貢献にもつながると考えています」

 大企業であっても、事業環境の変化に対応できない企業は生き残れない。現在、同社は「食領域・ヘルスサイエンス領域・医領域」の3本柱を掲げ、3つの領域の融合も図る。

 20××年には“ビールのキリン”の、「ビール」が何に置き換わっているのだろうか。

(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。

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