先日、人気番組『カンブリア宮殿』(テレビ東京系)で、デロンギが取り上げられていた。筆者はたまたま大昔に同社の商品を購入したことがあったが、デロンギの日本における知名度は50%程度であるとのこと。後日、試しに講義で学生にデロンギについて尋ねたところ、半数程度が「名前は聞いたことがある」といった状況であり、見事に一致していた。
番組では50%の知名度しかないとネガティブに捉えそうな状況を、代表取締役社長である杉本敦男氏は「それほど潜在市場は大きい」と前向きに捉え、社長就任以降、チャレンジしてきたことが紹介されていた。
デロンギ・ジャパンのウェブサイトによると、「デロンギ(De’Longhi)は、20世紀前半より、イタリア北部の街トレヴィーゾでクラフトマンワークショップ(職人の作業場)としてスタートしたイタリアの家電ブランド」であると紹介されている。1974年に最初の電気機器であるオイルヒーターを製造。1990年代には暖房器具の製造で使われる技術を用いてコーヒーマシンの開発・製造にも参入し、現在はエスプレッソマシンをはじめとするコーヒーマシン市場において世界トップシェアを誇っている。
日本におけるデロンギ
デロンギ・グループの日本法人であるデロンギ・ジャパンは1995年に設立され、主力商品であるオイルヒーターは2004年以来18年間、日本市場において販売台数・売上ともにトップとなっている。一方、安価な商品が広く普及しているコーヒー機器分野においては、販売台数こそトップではないものの、デロンギの商品は高額であるため、日本だけでなく世界各国において売上ではトップとなっている。
番組において、とりわけフォーカスされていた点は、日本市場に向けた商品のカスタマイズである。例えば、ヒーターに関しては、「暖まるまでに時間がかかる」という日本市場のユーザーの声を受け、マルチダイナミックヒーターという日本専用商品を開発している。従来のオイルヒーターは密閉された難燃性オイルを通じた放熱であるが、マルチダイナミックヒーターでは金属モジュールを採用しているため、2倍のスピードで部屋を暖めることができる。
さらに、クーラーの温度やテレビの音量など、日本の多くの家電では数値での設定や表示が当たり前となっており、こうした日本の消費者ニーズに合わせた商品の改良も実現させている。また、電気ケトルでは従来1.7リットルがデロンギのスタンダードであったが、日本市場向けに1リットルの商品が開発されている。
こうした日本市場のニーズに合わせた商品開発・改良のために、入念なマーケティングリサーチを行い、収集したデータを基に、日本の代表である杉本氏がデザインなど商品に関する権限を有するイタリア本社と粘り強く交渉し続け、現在、売り上げを大きく伸ばしているとのことであった。
標準化vs.適応化
こうしたデロンギの日本市場における取り組みは、顧客ニーズに寄り添ったマーケティングのエクセレント・ケースであることは間違いない。しかしながら、何事にも光と影があると捉えることは重要である。光の部分にのみ注目してしまうと満足し、停滞してしまう。無理やりにでも影をあぶり出すことから進化は始まる。
国際マーケティングにおいて古くから議論されているテーマに、“標準化vs.適応化”がある。世界全体を1つの市場と捉え、商品、価格、プロモーションなど、同一のマーケティングを展開すべきか、それとも各国の市場や顧客ニーズの相違に注目し、個別に修正したマーケティングを展開すべきか、といった議論である。
標準化マーケティングを志向すれば、市場ごとの修正を行わないため、余計な時間、金、人といったコストを最小化できる。また、同一モデルの大量生産により、規模の経済を最大化できる。しかしながら、顧客ニーズなど、各市場特性への個別対応を行わないため、顧客満足の最大化に通じず、売上が振るわないといった事態も生じ得る。一方、適応化マーケティングを志向すれば、逆のメリット・デメリットが発生するわけである。
このように標準化vs.適応化においては、通常、コストと顧客ニーズ・売上の観点から議論されることが多い。しかしながら、筆者はブランド・差別化の視点を加え、日本市場におけるデロンギの事例について検討したい。
デロンギの商品を見て、「デザインが素晴らしい」「やはり日本の商品とは違う」と感じる人は少なくないのではないだろうか。筆者は、間違いなくその1人である。この要因に関して、番組では“イタリアニティ”(イタリアの建築家や芸術家が積み上げてきたイタリアらしさを生むデザイン哲学)が紹介され、デロンギ本社スタッフは「イタリアのデザインは妥協も、何かを犠牲にすることもない」と強調していた。確かに、比較すると、日本のメーカーは機能優先でデザインはその次といった印象を受ける。デロンギをはじめ、世界の著名なメーカーにおける商品の特別さ(本物感など)は、こうした哲学から生じているのだろう。結果、高額でも購入される強いブランドになっている。これは企業が大切にすべき最も重要な資産であるといえるだろう。
何を修正し、何を守るのか?
しかしながら、日本市場の顧客ニーズに合わせて商品を修正するという行為は、伝統的なブランド哲学を毀損するという側面もあるのではないだろうか。短期的には利便性の向上により売上アップとなっても、長期的に捉えると企業ブランドや商品の特別さを弱める行為になってしまうのではないだろうか。最悪の場合、日本メーカーの商品と類似した、単なる高価格商品に成り下がってしまうリスクも十分に考えられる。
例えば、同じくイタリアの高級車の代表的存在であるフェラーリが「乗り降りがしにくい」「地面に擦る」といった顧客の声をもとに車高をアップさせてしまえば、それはもはやフェラーリではなく、単なる普通の自動車に成り下がってしまうだろう。
何を修正し、何を守るのか。誰の声を聴き、誰の声を無視するのか――。強いブランドを維持する要諦は、結局はこのあたりにあるのかもしれない。
(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)