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任天堂、売上高営業利益率3割の高収益の秘密…社員の基本給、一律10%増の狙い

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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任天堂のHPより

 これまで任天堂は、カードゲームや「Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)」などハードウェアの創出体制を強化することによって成長してきた。特に、新しいゲーム機と多種多様なゲームソフトの開発によって同社は、より満足度の高いゲーム体験を世界の人々に与えた。その結果、任天堂のゲームキャラクターへのファンは増えている。突き詰めて考えると、任天堂の強みは、人々が愛着を感じやすいキャラクターなど、ソフトウェア創出にある。それは超大型の買収を発表したマイクロソフトなど、世界の他のゲーム企業との大きな違いだ。

 そうした強みを生かして、任天堂は事業領域を拡大している。その一つは映画だ。米国で公開された『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は多くの人の心をつかんだ。任天堂は持続的な成長を目指してコンテンツの新しい利用方法を社会に提示し、ゲーム機事業以外の収益力を引き上げようとしている。そのために、インバウンド需要の回復は、同社にとってかなり重要な事業機会となるだろう。

花札メーカーから転身遂げた任天堂

 1889年に任天堂は花札の製造を開始した。その後、任天堂は積極的に業態の転換を進めた。1950年代、任天堂はプラスチックのトランプ製造に進出した。汚れにくく破れにくいプラスチック製のトランプは、社会の娯楽ニーズ増加を取り込んだ。任天堂は従業員の「こういうモノがあったら面白い」という発想の実現に取り組み、玩具事業などに進出した。このように、ハードとソフトの新しい結合によって任天堂は成長を実現した。

 その象徴は、1983年に発売された「ファミコン」だ。任天堂はデパートなどのゲームセンターに設置する大型の業務用のゲーム機を家庭で簡単に楽しめるようにした。1980年代といえば、テレビ、オーディオ機器、メモリ半導体などの分野で日本の電機メーカーなどが世界的な競争力を急速に高めた時期でもある。製造技術の高度化は、任天堂が花札などのカードゲームメーカーから、世界的なゲームメーカーに飛躍するために重要な役割を果たした。任天堂はだれでも気軽に楽しめるゲームを創造するために、国内半導体メーカーなどの協力を取り付け、ファミコンを生み出した。その上で任天堂は、多くの人が親しみを持てる「スーパーマリオ」などのキャラクターを生み出した。

 こうして任天堂は世界的なゲームメーカーへ業態の転換を遂げた。ファミコンのヒットを皮切りに、任天堂は「スーパーファミコン」「ゲームボーイ」「ニンテンドーDS」「Wii(ウィー)」などを生み出し世界的ヒットを実現した。それに伴い、ゲームのソフト(コンテンツ)の創出体制も強化された。近年ではNintendo Switchがヒットし、「あつまれ どうぶつの森」などのソフト売り上げが増加した。世界的な新型コロナウイルスの感染発生、感染再拡大の長期などを背景にSwitchの売り上げは増加した。2021年3月期の連結売上高は、1兆7,589億円、営業利益は6,406億円に達した。その後、任天堂の業績は徐々に伸び悩んだ。スイッチの需要飽和は大きい。加えて、世界的なインフレの進行、一時の半導体の不足なども重なり2023年3月期の売上高は1兆6,000億円、営業利益は4,800億円に減少する見込みだ。

新しい収益源の確立に向けた取り組みを強化

 任天堂の業績は新しいゲーム機を生み出し、世界的ヒットにつなげられるか否かに大きく影響されてきた。市場に投入する新しいゲーム機が常にヒットするとは限らない。加えて、リーマンショック後の世界経済ではスマホの普及によってオンラインゲームの市場が急速に拡大した。任天堂を取り巻く事業環境の厳しさは増している。

 その状況下、同社は事業領域を拡大して新しい収益源を確立しようとし始めた。実は、それが始まったのはつい最近のことではない。2014年1月、任天堂の故岩田聡社長(当時)はゲーム事業と異なる領域で任天堂の強みを活かし、人々のよりよい生活に貢献する方針を示した。代表的な取り組みの一つに、2019年11月、渋谷パルコに直営オフィシャルストアをオープンした。任天堂はゲームというバーチャルの世界だけでなく、日常生活の中で人々が好きなゲームのキャラクターと共に生活する楽しさを提供しようとした。2023年3月、任天堂は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の上映も開始した。米国では「アニメ映画としては史上最高のオープニング興行」と評価されるほどのヒットぶりだ。このように、任天堂はゲーム機というハードウェアの事業に加えて、ゲームで培ったキャラクターなどソフトウェア分野での収益を増やそうとしている。

 興味深いのは、他の企業との連携によって知的財産の利用が拡大していることだ。サービスの分野では、4月20日、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが「スーパーマリオ・パワーアップ・サマー」と題する水かけイベントを初めて開催すると発表した。食品分野では、関東を地盤とする第一屋製パンが「ポケモンパン」を販売し、収益の下振れ圧力に対応している。そうした取り組みを増やすことによって、任天堂は知的財産の利用料を獲得し、Switchなどの需要飽和、今後のコンテンツ創出やゲーム機などの研究開発のための資金をより多く獲得しようとしている。

インバウンド需要回復という追い風

 今後の事業展開として、スイッチにかわる新しいゲーム機開発など、多くの取り組みが考えられる。そのなかでも、短中期的な事業戦略として注目したいのはインバウンド需要への対応だ。世界全体でウィズコロナの生活が本格的になっている。それに伴い、わが国を訪れる外国人観光客などは増加している。日本政府観光局(JNTO)によると、3月の訪日外客数は181万7,500人だった。中国からの来訪者回復には時間がかかっているが、他のアジア地域や欧米からの観光客などは増加している。スーパーマリオなどのキャラクターグッズの収集、テーマパーク訪問を目的にしている人も多い。

 2023年10月、昨年11月の大丸梅田店に続き、京都髙島屋に任天堂は直営オフィシャルストアをオープンする予定だ。注目したいのは、多様な世代を対象にする百貨店に直営店が設けられることだ。今回、任天堂は高島屋が新しく開業する「T8(ティーエイト)」に出店する。それは任天堂にとって非常に意義のある取り組みになるだろう。京都は任天堂の誕生の地である。

 京都を拠点に任天堂は花札の製造に着手し、トランプ、玩具、ゲーム機、さらには新しいライフスタイルの創出に取り組んできた。一方、高島屋は傘下の不動産デベロッパーと協力して街づくりを進め、新しい人々の流れ=動線を生み出してきた。両社の強みが結合することによって、今後の任天堂のソフトウェアの利用方法は急速に増加する可能性が高まる。例えば、任天堂のキャラクターと、京都が育んだ西陣織など伝統工芸品が結合することによって、より高付加価値のアパレル製品が生み出されることなどが考えられる。あるいは、直営店で任天堂のファンの要望が収集されることによって、例えば京都の街並みをゲームの空間で再現し、ゲームソフトの販売が増加することもあるだろう。

 そうした展開を現実のものにするために、4月から任天堂は全社員の基本給を10%引き上げたと考えられる。世界経済の先行き不透明感、業績下振れリスクが高まるなか、経営陣はあきらめることなく他社との協業体制を強化し、スーパーマリオなどのコンテンツ、知的財産の新しい利用方法をより多く社会に提示し、新しい需要を生み出さなければならない。それは同社の長期的な成長にかなりの影響を与えるだろう。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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