今、とんかつ専門店業界で高価格帯と低価格帯の二極化が進んでいる。まずは、高価格帯チェーン店の基本メニューであるロースかつ定食の価格を見てみよう。東日本から中国エリアまで展開する「とんかつ和幸」の「ロースかつ御飯」は1380円、全国展開を果たした「とんかつ新宿さぼてん」の「熟成三元麦豚ロースかつ御膳」は1408円と決して安くはない。対して、低価格帯チェーン店はどうだろうか。「かつや」の「ロースカツ定食」は792円、「松屋」を擁する「松屋フーズ」が手がける「松のや」の「ロースかつ定食」は590円と、高価格帯の2チェーン店と比べるとはるかに安いことがわかるだろう。
このように、高級志向の高価格帯チェーン店とリーズナブル志向の低価格帯チェーン店に分かれているが、今後とんかつ専門店業界はどのようになっていくのだろうか。フードアナリストの重盛高雄氏に解説してもらった。
高級路線が多いなか、かつやが低価格路線を切り拓いた
とんかつ専門店業界の歴史を紐解いていくと、二極化の過程がわかりやすくなるという。
「もともと、とんかつとは、ハレの日や験担ぎのために食べる贅沢品という側面が強い料理でした。メニューも今の和幸、さぼてん並みのクオリティを出す店が大半。企業によるチェーン展開が大々的に行われることは珍しく、個人商店の割合が高いジャンルだったのです。和幸や『さぼてん』は昭和の時代から集客力のある駅前をメインに出店し、顧客の確保を果たせました。
そんな高級路線のとんかつが多かった90年代末、手軽に庶民でも手が出せるとんかつを提供しようと舵を切ったのが『かつや』だったのです。1998年、神奈川県相模原市の1号店を皮切りに、全国を席巻することになる『かつや』は、味やクオリティこそ専門店に劣るものの、リーズナブルな価格を実現して支持を得ることができました。そして松屋フーズも東京都練馬区で『松のや』をスタートし、2016年には100店舗を達成。松のや出店以前は、低価格路線のとんかつチェーンは『かつや』ぐらいしかなく、ブルーオーシャンの状態が続いていたので、見事に大きな存在感を示すことができました。このように、とんかつ専門店業界は、高級路線の店が多かったのですが、かつや、松のやが低価格路線を開拓し、結果二極化が明確化したのだと考えられます」(重盛氏)
かつや、松のやの基本的な戦略スタイルの違いとは?
かつや、松のやが台頭した要因として、人々のライフスタイルの変化にも注目すべきだという。
「とんかつは、肉を叩いて伸ばしたり、衣をつけたり、油で揚げたりと工程が多い料理です。そのため一般家庭で作ろうとすると労力が大きく、敬遠されがち。また共働き世帯が増えてきて、専業主婦の割合が下がったことも影響し、家庭で作る機会は減りました。スーパーマーケットや街のお肉屋さんの総菜コーナーで、とんかつを販売するところはありますが、揚げたてで提供してくれるところは稀。こうした事情を考えると、かつやが登場するまでは、とんかつが身近な存在ではなくなりつつあったのです。
ですが、『かつや』は自宅でとんかつを作らなくなったという消費者のライフスタイル転換を巧みにキャッチし、客に『揚げたてのかつを気軽に食べられる店』と思わせる販売戦略に成功しました。低価格とんかつチェーンの成功はそのリーズナブルさに目がいきがちですが、入念なマーケットリサーチがあったからこそ顧客をしっかりと確保することができたと言えるのです」(同)
かつや、松のやともに好調というが、店舗数を見てみると『かつや』が450店舗(22年12月時点)、松のやが300店舗(23年6月時点)と、現状は『かつや』がまだリードしている模様。
「ロードサイドに数多く出店し、主に男性客の胃袋を掴むことができた『かつや』は、着実に店舗数を増やしていき、全国展開していきました。一方、松のやは『かつや』と差別化を図るかたちで事業所街やオフィス街への出店に注力。サラリーマンや女性客の獲得を果たし、『かつや』より低価格化を成し遂げたことも相まって店舗数を拡大しました。
しかし商品自体のパフォーマンスは、『かつや』のほうが上。消費者の口は正直ですので、似たような価格帯で来店しやすいとなると『かつや』に軍配が上がるのは当然でしょう。また『かつや』では、会計後に毎回『100円割引券』を配布してくれるので、リピーターの割合も高め。現在は『味のかつや』『価格の松のや』というように棲み分けがされていると思われます。ただ松のやは、『松屋』『マイカリー食堂』といった自社グループブランドとの複合店舗も出店しており、かつやにはないバラエティ性がウリになってきているので、客にどれだけ認知してもらえるかが、さらに躍進できるかのカギになるでしょうね」(同)
新規参入はなかなか難しいが、狙うなら高価格帯路線
とんかつ専門チェーン店の二極化の事情を踏まえると、業界への新規参入は難しい状況になっているという。
「とんかつ専門店は、設備がフライヤーと冷蔵庫ぐらいしか必須ではないので、初期投資が少なく済み、開店しやすい業態です。しかし現在は、かつや、松のやの2強が低価格路線を走り、高価格路線でも数多の個人店、チェーンがしのぎを削っているので、新規参入は厳しいでしょう。
加えて、競合との差別化が難しいという面も忘れてはいけません。とんかつはレシピが確立しており、出来上がりのビジュアルも完成している料理でして、商品開発の拡張性がありません。したがって、どれだけ素材や揚げ方にこだわりがあっても素人目からすると区別がつきにくい。ですから期間限定メニューを提供するなどして差別化をアピールし、来店動機を作らなければ生き残りが果たせない業界なんです」(同)
現時点で飽和状態のレッドオーシャンということのようだ。それでも新規参入を試みるとしたら、どのようなセールスポイントを作っていくべきなのか。
「基本的には、低価格帯路線はスケールメリットがあり、大規模展開して客数を稼ぐビジネスモデルとなるため、新規参入はよりハードルが高いでしょう。そのため、まだ勝ち筋が残っているのは必然的に高価格帯路線のほうになります。そうなるとリピーターを着実に獲得していけるような、質の高いメニュー開発を行っていくことが要求されるでしょう。現状は参入障壁が高いものの、客が末永く通ってくれるこだわりの味を提供できるお店づくりができれば、生き残ることができるかもしれません」(同)
(取材・文=A4studio、重盛高雄/フードアナリスト)