米国政府は3月、普通乗用車の新車販売のうち電気自動車(EV)の占める比率を2032年までに67%にするとしていた目標を、35%に引き下げた。世界でEVの販売失速や政府のEV普及目標引き下げの動きがみられるなか、米国の“改心”が世界のEV普及一辺倒の流れにブレーキをかけ、エンジン車回帰が進むとの見方も出始めている。
欧州は2035年までに全ての新車をEVなどのゼロエミッション車(ZEV)にするという方針を掲げており、米国政府はEVの購入者向けに最大7500ドルの税額控除を行い、一部州は将来的に全新車のZEV化を決めている。日本も35年までに全新車を電動車にする方針を掲げるなど、EVシフトは世界的潮流でもあった。
この流れに自動車メーカー各社も対応。メルセデスベンツは30年までに全車種を完全電気自動車(BEV)にするとし、米ゼネラル・モーターズ(GM)は35年までに販売する全乗用車をEVにすると表明。独フォルクスワーゲン(VW)は世界におけるEVの販売比率を30年までに50%にするとしていた。
日本勢もこうした動きに同調。マツダは30年までに全販売に占めるEVの比率を25〜40%に、ホンダは40年までにEV・燃料電池自動車(FCV)販売比率をグローバルで100%に、日産自動車は欧州市場において26年度における電動車両の販売比率を98%にする方針を決定している。
EV失速
そうしたなか、自動車販売台数ベースで世界第2位の自動車市場である米国政府が、前述のとおりEV販売目標の設定値を大幅に引き下げた。背景には11月に行われる米大統領選挙がある。製造業の衰退が進む「ラストベルト」と呼ばれる米国中西部・東部のウィスコンシン州、ミシガン州、オハイオ州、ペンシルベニア州は大統領選の激戦区となっており、現大統領のバイデン陣営(民主党)は、EV普及に反対色の強い多くの自動車メーカー従業員が加入する労働組合の支持を得るために、EVに厳しい姿勢を示す必要がある。
もっとも、世界ではEV失速の動きが出始めている。テスラの24年1~3月期の世界販売台数が前年実績を下回ったというニュースが注目されているが、欧州では月単位でみるとEV販売が前年比マイナスとなる国も出始めており、2月8日付日本経済新聞記事によれば、欧州市場の22年から23年にかけてのEV販売の伸びは2.5ポイントであるのに対し、HV(HEVのみ)のそれは3.1ポイントとHVのほうが上回っている。また、23年の新車販売に占めるHVの比率は33.5%なのに対し、EVは14.6%にとどまっている。
米国でも、バイデン政権は22年に「インフレ抑制法(IRA)」を成立させ、一定条件を満たすクリーン自動車の新車購入者に対し1台あたり最大7500ドルの税額控除を付与するなどしてEV普及を後押ししてきたが、22年10~12月期から3四半期連続でハイブリッド車(HV)の販売台数がEVを上回り、23年10~12月にはトヨタ自動車のHVの販売台数が四半期ベースで過去最高の約18万台となり、米テスラのEV(約17万台)を上回るという事態が起きた(4日付読売新聞記事より)。そして日本では、新車販売市場におけるEVの比率はわずか2~3%。テスラの23年の販売台数は約5500台にとどまっている。
その一方で進むのがエンジン車回帰の動きだ。米国では米大統領選挙でバイデン氏かトランプ氏のどちらが勝利してもEV普及政策が減速することは確実視されている。欧州市場では、23年の新車販売に占めるHVの比率は33.5%なのに対し、EVは14.6%にとどまっている。そしてガソリン車の占める比率の下落率は縮小傾向にあり、22年から23年にかけては1.1ポイントの下落にとどまり、23年時点でも新車販売の35.3%を占めている。そして、エンジン車とハイブリッド車を合計した「エンジン搭載車」の比率は同年時点で82.4%となっており、脱エンジン車を掲げる欧州ですら、いまだ新車販売の8割がエンジン車となっているという(前出・日経新聞記事より)。
背景には、米国以外の国でも政府によるEV普及策が緩和されつつある点があげられる。ドイツは昨年12月にEV購入への補助金を終了し、フランスはアジア生産のEVを補助金の対象外とした。イギリスはすでに22年に補助金を終了している。
こうした変化を受け、自動車メーカーも方針転換をあらわにしている。30年に完全電動化をするとしていたメルセデスベンツはこれを撤回し、新型エンジンの開発に着手。GMはプラグインハイブリッド車(PHV)の生産再開の検討に入ったと伝えられており、ミシガン州の工場での電動ピックアップトラックの生産拡大の延期を発表している。そして2010年代の半ばから完全自動化機能を搭載するEV「アップルカー」の開発に取り組んでいたアップルがEV開発を中止することが2月に明らかとなった。
崩れる「環境負荷が低い」という名目
自動車メーカー関係者はいう。
「EVが好調なのは、政府が国策としてEVを推進する中国くらいで、米国と欧州は失速状態といっていい。充電ステーションが普及していない点や高額な価格、航続距離の短さといった制約により、EVの購入層は一部のエリア、人に限られるのが実情で、『行き渡るべき人には、ひとまず行き渡った』ため現在の諸条件下では需要が頭打ちになった、というのが今の状況。
そしてEVの新たな問題として表面化しているのが、リセールバリューの低さだ。車を買い替える際は古い車を売って、そこで得た資金を新しい車の購入費用に充てるというのが一般的だが、再販価格が低いと次の車の取得コストが事実上上昇するので、EV購入のハードルとなる」
少し前には、テスラの「モデルS P85」でバッテリー不具合が生じ、同社から交換費用の見積もりとして230万円を提示されたという事例が話題を呼んでいたが、自動車ディーラー関係者はいう。
「EVはエンジン車とは構造が大きく異なり、また絶対数として流通台数が少ないため、自動車整備工場にノウハウや部品がなくて修理できなかったり、修理費用が高額になる可能性がある。また、損保会社の任意保険の保険料がガソリン車よりも高い傾向があるというのもネックだ」
そしてEVの普及には根本的な問題があるとの自動車業界関係者はいう。
「大きくは3つある。まず、EV推進の目的は二酸化炭素(CO2)排出量の削減など環境負荷低減だが、原材料の採掘から製造、廃棄までの全工程ベースではEVのほうがエンジン車よりもCO2排出量が多く、環境負荷が重いということが指摘されており、そうなるとEV推進の正当性が崩れる。2つめは原材料となるレアアースの調達だ。EVでは多くのレアアースが使われるが、量が少ない上に埋蔵地は一部の国に偏在しており、大手の自動車メーカーでも調達が難しくなってきている。
そして、これとも関係してくるが、3つ目が中国勢の台頭だ。すでに販売台数ではBYDがテスラとほぼ互角となっているが、世界のEV市場では中国系メーカー勢が4割以上を占めており、後塵を拝する米国と欧州の政府は危機感を持っているとされる。欧米の自動車メーカーの売上に大きな影響をおよぼし始めれば、自動車業界の要請を受けるかたちで各国政府がEV推進一辺倒から舵を切り、欧米メーカーが中国メーカーに対して優位性のあるエンジン車に回帰していくことも十分に考えられる。特に米国では政府の方針が変わることに加えて、一時は高騰したガソリン価格が落ち着きをみせ当面は抑えられた水準が続くと予想されていることもあり、ガソリン車回帰が進むという見方も強い。リセールバリューの低さや充電ステーションの少なさもあり、“アメリカでは大量のEVがゴミになる”というジョークまで聞かれる。
EVが普及するといっても、現実的に可能性があるのは欧米と中国、そして日本くらいで、東南アジアやアフリカ、南米などは将来的にも相変わらずエンジン車が主流となる。トヨタ自動車の豊田章男会長は『BEV(バッテリー式電気自動車)が進んだとしても市場シェアの3割だと思う』と言っているが、世界全体でみれば、それくらいが上限となってくるというのが業界的な肌感覚だ」
(文=Business Journal編集部)