小林製薬が販売する「紅麹(べにこうじ)」の成分が含まれた健康食品を摂取し、その後に死亡した人が5人に上るなど(2日現在)健康被害が出ている問題。同社は社名に「製薬」と入っているものの、全売上のうちで「医薬品」の占める比率は2~3割ほどであり、さらに医療用医薬品は扱っていないことから、「実態としては生活用品メーカーである」との声も聞かれる。同社の実態について業界関係者の見解を交えて追ってみたい。
小林製薬は先月22日、自社で製造する紅麹原料が含まれるサプリメントを摂取した人から腎疾患などの健康被害が確認されたとし、機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」など3商品を自主回収すると発表。コレステロールや血圧を下げる効果があるとされるが、同商品を摂取した人に腎疾患の症状が発症し、一時は人工透析が必要となった人もいることが明らかとなった。
同社は紅麹原料の製造量のうち約8割を他の食品メーカーなどに供給しており、厚生労働省は28日、供給先の食品メーカーなど173事業者を公表。同省は全事業者に対し、過去3年間に医師から健康被害が報告された製品があるかなどについて自主点検した上で報告するよう求めている。
同社は「想定しない未知の成分が入っていた可能性がある」としていたが、同社と厚労省は29日、同社のサプリに青カビからつくられる天然化合物「プベルル酸」が含まれていたと発表。毒性は高く抗生物質としての特性があるが、腎疾患を引き起こすのかは不明。同社と厚労省は今後、毒性を評価していくが、プベルル酸に関する情報が少ないため、健康被害との関連があるかについては調査に数カ月程度かかるとされる。原因の究明が待たれるなか、今月3日には、紅麹サプリの紅麹原料はすべて同じ紅麹菌の株からつくられていたことが明らかになった。昨年に製造された紅麹原料33ロットのうち、プベルル酸が含まれていたのは10ロットのみであった。
アイディア創出企業
対応に追われる小林製薬は、「あったらいいなをカタチにする」というキャッチコピーを掲げ、ユニークなアイディア商品を多数販売していることで知られている。医薬品のほか、「ケシミン美容液」などのスキンケア商品、「サラサーティ」などの衛生雑貨品、「お部屋の消臭元」などの芳香・消臭・脱臭剤、「ブルーレットおくだけ」などのトイレ用芳香・洗浄剤、「かんたん洗浄丸」などの住居用洗剤、「熱さまシート」などの便利商品といった、消費者の生活に密着する幅広い分野にわたり数多くの商品を取り扱っている。
こうした商品を生み出しているのが、「全社員提案制度」という制度だ。社員は誰でもアイディアを提案できる仕組みが整っており、アイディア創出数は年間5万件以上にのぼる(同社HPより)。
その一方、社名に「製薬」と入っているものの、全社売上のうち医薬品事業の比率は低い。2023年12月期の国内事業の売上高1304億円のうち、医薬品事業のそれは339億円と、全体の約26%にすぎない。「消臭元」「Sawaday」「ブルーレット」「チン!してふくだけ」「かんたん洗浄丸」などの「衛生雑貨品」「芳香消臭剤」「家庭用品」からなる「日用品」カテゴー(国内売上高490億円)のほうが売上規模としては大きく、「桐灰」のブランド名で知られるカイロも同社の主要商品となっている。
もっとも、「アイボン」「アンメルツ」「のどぬ~るスプレー」「ガスピタン」「フェミニーナ軟膏」「ラナケインS」など同社の医薬品には一般的な認知度が高い商品が多いのは事実だ。
「小林製薬の医薬品は肩こり薬や水虫薬、二日酔い薬など、OTC医薬品といわれる一般用医薬品ばかり。抗がん剤や臓器・神経・血液の疾患用の薬など、病院で投与、処方される高度な医薬品は取り扱っていない。厚労省や都道府県知事の製造販売承認を得る過程において治験を必要としない、新規性の低い薬を選んで販売しているようにもみえる。一般的に大手製薬企業は、国内・海外の医療の最新動向や製薬市場をリサーチして、10年単位のスパンでスケジュールを組んで開発に取り組んでおり、そのためには極めて高度な専門知識とノウハウが求められる。一方、小林製薬は文字通り一般消費者が日常で『あったらいいな』と考えそうな薬をリストアップして開発しているように思われ、開発のアプローチ方法がまるで違う。同社をカテゴライズすると、どちらかといえば『日用品メーカー』といったほうが実態に近い印象で、世間が抱くような『製薬企業』のイメージからはかけ離れている」(製薬業界関係者)
ちなみに大衆薬メーカーと呼ばれることもあるエーザイは「チョコラBB」「サクロン」などの一般用医薬品で知られるが、抗がん剤やアルツハイマー病治療剤など医療用医薬品も開発・販売している。「リポビタンD」「パブロン」で知られる大正製薬、目薬「サンテFX」の参天製薬、「サロンパス」の久光製薬も医療用医薬品を扱っている。また、生活用品メーカーのライオンは社名に「製薬」は入っていないが、「バファリン」「スクラート」「スマイル」などの一般医薬品を販売している。
食品メーカー社員はいう。
「そもそもプベルル酸が健康被害の原因になったのかも不明であり、現段階ではまだ分からないことが多すぎて、なんともいえないというのが正直なところ。厚生労働省と自治体が(昨年まで紅麹原料を生産していた)大阪工場と(生産機能の移転先である)和歌山工場を立ち入り検査した結果、問題は見つからなかったということであり、製造ラインの衛生管理に不備はなかったということになる。そして、プベルル酸が含まれていたのが一部のロットのみだったということは、外部から調達した紅麹の株や(培養するための)培地にプベルル酸が含まれていたか、もしくは何らかの理由で一部の期間だけ外部からプベルル酸が工場内に入り込んだという可能性も考えられなくもない。
最終製造販売業者としての責任はあるだろうが、小林製薬にどれくらいの程度の責任があるのかもわからない。ただ、全体売上のなかで食品事業は規模が小さく、主力事業ではないがために監視が行き届かず、食品製造のノウハウ・衛生管理が不十分であった可能性はあるかもしれない」
プベルル酸
実践女子大学名誉教授で薬学博士の西島基弘氏はいう。
「プベルル酸は猛毒であるとの情報もみられますが、これは動物実験であるマウスの皮下注射によるものと思われます。経口的摂取と皮下注射では後者のほうが、はるかに毒性が強く出ます。プベルル酸のヒトに対する毒性評価はまだできていないということです。プベルル酸がどの程度錠剤に含まれていたのかという検討も必要です。
小林製薬の紅麹成分を含む健康食品を摂取した多くの人が腎臓の病気などを発症したことから、プベルル酸が原因である可能性は十分あると思いますが、断定にはしばらく時間がかかるでしょう。
また、カビ毒はアフラトキシンB1など発がん性もあり毒性が強いため、ピーナッツ、ピスタチオ、コーンなどについては検疫所などで常時検査をして、違反のものは報告されています。しかし、プベルル酸の検査は行われていないのではないでしょうか」
機能性表示食品制度の問題点
今回の事案をめぐっては、機能性表示食品という制度そのものが問題を引き起こしたとも指摘されている。機能性表示食品制度は2015年に当時の安倍晋三政権が規制緩和による経済成長戦略としてスタートさせたもので、メーカーは国の審査を経ることなく届け出のみで販売することが可能で、その効能なども自社の判断で謳(うた)うことになる。そのため、制度の検討当初から安全性の担保面で懸念する声も強かった。
政府も危機感を持ち始めている。今回の事案を受けて29日、関係閣僚会議で林芳正官房長官は、同制度の今後のあり方を見直し、5月末までに取りまとめるよう指示。同制度を所管する消費者庁の新井ゆたか長官はすでに昨年から制度見直しの必要性を示唆しており、先月28日の会見では「届出全体の総点検の結果を見る必要がある」としていた。
(文=Business Journal編集部)