タレント・松本人志さんの代理人を務めている八重洲総合法律事務所は10日、同事務所の行動に関する同日付「週刊文春電子版」(文藝春秋)記事の報道内容を否定するコメントを発表。そのなかで、松本さんから被害を受けたと「文春」に告発しているA子さんの行動を調査するために探偵業者を使ったり、同法律事務所に所属する田代政弘弁護士がA子さんの知人男性に直接面会し、A子さんと連絡を取るために仲介を依頼していたことなどを明かし、注目されている。松本さん側は「週刊文春」の報道をめぐり発行元の文藝春秋らに対し損害賠償と記事の訂正を求める訴えを起こしているが、裁判所での係争中に代理人弁護士がこのような行動を取ることは一般的なのか。また、法曹界の慣習として問題はないのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
10日付「文春」記事は、田代弁護士がA子さんの知人男性・X氏と面会し、A子さんに裁判に証人として出廷しないよう説得してほしいと要請し、ある雑誌がX氏とA子さんの不倫を報じようとしているのを自分は止められると持ち掛けたと報道。これに対し八重洲総合法律事務所はコメント内で事実無根だとして、田代弁護士はX氏と面会した際に「事実関係確認のため、その女性(編注=A子さん)に連絡をとっていただけませんか」と依頼しただけだと説明。また、「先生(編注=X氏)とその女性が不倫関係にあり、そのことを記事にしたいとなどと言っているマスコミがいますけど、大丈夫ですか? 念のため、お耳に入れておきます」という言い方だったと主張している。
また、同法律事務所が興信所を使ってA子さんを尾行調査していたとする「文春」の報道について、一部は同法律事務所が関与したものではないとしつつ、調査会社に依頼して調査をしたものについては匿名の投書による情報提供があったためだと説明している。
このほか、大手出版社の女性週刊誌の元編集長がX氏と面会して「出廷せずに和解すれば、A子さんには、五千万でも一億でも渡せます」と話したという「文春」報道については、一切関知していないとして、「当職ら及び松本氏が、直接、間接を問わず、『週刊文春』に告発を行った女性に対して金銭提供を持ち掛けたり、持ち掛けようとした事実は一切なく、そのような考えも持ち合わせていないことを強く主張いたします」としている。
興信所を使うのは一般的なのか
同法律事務所のコメントには、「『週刊文春』に対して事実に反する告発を行った人物を特定すべく調査、検討を行った結果、その可能性のある人物として複数の人物が浮上しました」との記載もみられるが、弁護士が依頼人のために、興信所を使って係争相手側の人物を尾行調査したり、相手側の重要人物への接触を図るという行為は一般的なのか。民事訴訟に詳しい弁護士はいう。
「弁護士による、ということになる。基本的には依頼人から提供される情報のみに基づき訴訟を維持するタイプもいれば、自ら新たな情報を得ようと積極的に動き、ときに係争相手側の関係者と接触して訴えを取り下げさせようと交渉を試みるタイプもいるだろう。感覚的には前者タイプの弁護士のほうが多いと感じる。事案の重要性や、クライアントがどこまでお金を出してくれるかにもよるだろう。興信所を使う費用はそこそこ高額なので、ある程度、資金力があるクライアントではないと難しい。また、弁護士の個々の案件に対するモチベーションにもよるだろう」
アグレッシブな弁護活動
山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「民事訴訟において、相手方が予定している『証人』に出廷してほしくないという考えは、弁護士にとって一般的によくある話です。また、可能なら、事前に接触したいという考えもあり得る話です。実際、刑事事件の『証人』とは異なり、『民事訴訟の証人』への面会を強要したり、威迫したりする類型の行為は禁止されていない(刑事事件の場合、『証人威迫罪』があります)ので、相手方が予定している『証人』に接触しようとすること自体は違法ではありません(もちろん、強要行為、威迫行為自体が、別の犯罪を構成する場合はあります)。
この田代先生も、結局は、『A子』さんと接触したいためにX氏を通したのでしょう。しかし、その際、『(X氏)先生とその女性が不倫関係にあり、そのことを記事にしたいなどと言っているマスコミがいます』と、わざわざ告げる必要がありますかね? X氏から『A子』さんを紹介することを断られた時点で、『A子』さんに接触するというこの田代先生の目的が達成できなかったわけですから、『そうですか。では、失礼します』として引き下がるのが品位ある態度ではないでしょうか。捜査官は、引き出したい供述がなかなか得られない場合、こういった発言(本論とはあまり関係のない話で相手方が嫌がる話を引き合いにする発言)をするのが常とう手段なのでしょうか、と疑いたくもなります。
次に、興信所に依頼したとのことですが、これ自体も違法な行為ではありません。実際、私もある事件において詐病が疑われる相手方の素行調査を依頼したことがあります。
ところで、田代先生が発表したコメントに付けられた『添付資料』ですが、“出来すぎ”の感じがしますね。何の根拠もなく、なんとなくですが、説明の仕方、日付や場所、自宅の書き方、『』の使い方などが素人ではない気がします。この点は、田代先生が指摘するように、“はめられた”感がありますね。私も18年弁護士をやっておりますが、相手方の弁護士の活動について、『やられた~』と思うことがありますし、『やってやったぜ』と感じることもあります。証拠の収集は弁護士の腕の見せ所だと考えています。私は、訴訟等の業務の中で証拠収集や法的手続きの選択においてアグレッシブな弁護活動が好きなので、どちらかと言うと、この田代先生の弁護活動、気に入っております」
これまでの経緯
昨年12月発売の「週刊文春」は、松本さんから被害を受けたという女性の証言を報じ、松本さんが所属する吉本興業は「当該事実は一切なく、タレントの社会的評価を著しく低下させ、名誉を毀損するものです」とするコメントし報道を否定。今年1月、松本さんは「文春」発行元である文藝春秋に対し、名誉毀損による損害賠償(請求額は約5億5000万円)と謝罪広告の掲載などを求めて東京地裁に提訴。松本さんの代理人を務める八重洲総合法律事務所の田代政弘弁護士は、1990年に早稲田大学社会科学部を卒業後、95年に司法試験に合格。98年に検察官検事に任官したが、東京地検特捜部に在籍していたときに担当していた小沢一郎衆院議員の資金管理団体をめぐる「陸山会事件」において捜査報告書に虚偽の記載をしたとして、2012年、虚偽有印公文書作成及び行使罪の容疑で刑事告発された。嫌疑不十分で不起訴となり、減給6カ月の懲戒処分を受け検察官を辞職したという経歴を持つ。
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)