27日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が、タレント・松本人志さんから性加害を受けたという女性の証言を掲載したことを受け、所属する吉本興業は同日、「当該事実は一切なく、タレントの社会的評価を著しく低下させ、名誉を毀損するものです」とするコメントを発表した。この発表をテレビ各局はニュース番組で一斉に報じたが、その背景には何があるのか。今年はジャニーズ問題をめぐる「メディアの沈黙」が問題視され、各局は検証報道を行うに至ったが、それが影響している可能性はあるのか。専門家の見解を交え追ってみたい。
「文春」報道を受け吉本はコメント内で記事内容を否定し、「取材態様を含め厳重に抗議し、今後、法的措置を検討していく予定です」と表明。被害に遭ったと証言する女性たちを集めたとされるお笑いコンビ・スピードワゴンの小沢一敬さんの所属事務所は「私どもからお話しすることはございません」としている。
吉本の発表を受けたテレビ各局の反応は素早かった。発表の同日中には、フジテレビは午後のニュース番組『Live newsイット!』で、テレビ朝日は夜の『報道ステーション』で、日本テレビは夕方の『news every.』で、TBSは夕方の『Nスタ』でその内容を放送。NHKはニュースサイト『NHK NEWS WEB』で伝えている。
今年テレビ業界は、旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)創業者(元社長)の問題に関する報道姿勢をめぐり大きく揺れた。1999年以降、「文春」をはじめとする複数のメディアがこの問題を報じ、2004年には最高裁が元社長のハラスメント行為について「真実と認定する」との判決が確定したものの、テレビ各局は報じず。今年3月には英国公共放送BBCが特集番組を放送した後も各局は沈黙を貫いていたが、被害者による記者会見により潮目が変化し始め、TBSが『news23』内で詳細を報道。これが、テレビ局が本格的に取り扱った事例として初となったが、5月14日に旧ジャニーズ事務所はおわび動画とコメントを公開。これを皮切りに各局はニュース番組を通じて「報じてこなかった責任と反省」に言及するようになり、9月には旧ジャニーズ事務所が設置した再発防止特別チームが調査報告書を取りまとめ、「マスメディアの沈黙」が同事務所の隠蔽体質を助長したと指摘。各局は「報道をしない」という姿勢を貫いた原因・経緯に関する詳細な検証番組を放送するに至った。
ニュース番組における報道基準
今回の松本さんの事案は、一タレントのプライベートに関する週刊誌報道であり、その内容を所属事務所が否定したという事実を一斉にキー局が報道番組で報じたことには、ジャニーズ問題が影響しているとの見方もある。日本テレビ報道局記者兼ドキュメンタリー番組ディレクターとしてテレビ局の報道畑を中心に番組制作の現場に携わってきた上智大学の水島宏明教授はいう。
「各局が一斉に伝えたのは、ニュースバリューがあるという判断があるからです。今年大きな話題になったジャニー喜多川氏による性加害問題と類似して、大手芸能事務所が関係していること、事務所を代表する大物タレントで芸能界にも大きな影響がある人物であること、もし事実であれば重大な人権侵害のケースといえること、さらに報じた『文春』が旧ジャニーズの問題も含めて報道の精度が高いメディアであることが背景にあると考えられます。こうしてニュースバリューが高いなかで吉本興業が『当該事実は一切なく』というコメントを発表しました。
ジャニーズ問題では、テレビ各局は『文春』などのキャンペーン報道やその裁判の結末についてニュースで報道しませんでした。それによって問題が広く周知されることもなく、極めて長期間にわたって性加害が継続するという結果をもたらしました。テレビ各局は内部の関係者の聞き取りを進め検証を行い、『週刊誌の芸能ゴシップ』として問題を軽視し、子どもに対する重大な人権問題だという視点が欠如していたとして猛烈に反省しています。そこに飛びこんできた松本さんに関する報道で、報じたのがジャニーズ問題を報道してきた信頼性が高い『文春』とあって、報道するに値するニュースだと評価したものと思います。
一般的にテレビ局がニュースとして取り上げる基準は『報道する価値(ニュースバリュー)』が高いかどうかということになります。『報道する価値』の高さには必ずしも客観的な指標があるわけではありません。本日のように自民党の派閥の裏金問題で関係先に家宅捜索が入る、とか、自民党の池田佳隆衆院議員が東京地検特捜部から家宅捜索を受けるなど、政権を揺るがす政治ニュースは国家権力の中枢につながっているだけに価値は高いといえます。報道するかしないかは番組ごとの編集長や報道デスクの判断に委ねられますが、場合によって上司や同僚と協議して決定します。
今回、テレビ各局が一斉に報道したことには不自然さは感じません。確かに吉本興業のホームページ上のコメントを伝えることに終始している印象はあります。大手芸能事務所と『文春』側と両方のコメントをとって報道するのが通常のやり方です。『文春』側のコメントを伝えたのがキー局とNHKのなかではTBSだけなのにはやや違和感がありました。そうした問題が残るとしても、『報道した』ことこそが意味を持つことはジャニーズ問題を振り返っても明らかです。むしろ『報道しない』『沈黙した』のであれば、そのこと自体が大手芸能事務所の顔色をうかがった忖度ではないかと強く疑われます。ジャニーズ問題で再発防止特別チームが提言したように、芸能事務所もメディアも『相互監視、相互牽制により人権侵害の再発を防止していく姿勢』が健全な芸能界の発展のためには必要です。テレビなどメディアの姿勢も含めて、今後の展開を注視していきたいと思います」
出演番組では対応みられず
松本さんが出演する番組において、本人の出演見合わせや放送見合わせといった動きは現時点ではみられないが、キー局社員はいう。
「ジャニーズの件の反省もあり、ニュースでまったく触れないと『大手事務所の有力タレントの不祥事なので黙殺している』と批判を浴びる恐れがあるので、『きちんと報じましたよ』というアリバイづくり的な意味合いもあり、各局、短く『事務所は否定した』という事実だけを伝えた。一方、現段階では松本さんの出演見合わせなどの動きはなく、いったんはスルーするという姿勢。本人と事務所は完全否定しており、また記事を読む限り、証言のみで確固たる証拠が示されていないからだ。吉本のトップタレントを簡単に降板させて吉本の機嫌を損ねるわけにはいかないという事情もあるが、現段階では何らかの対応をするに足る材料がない。女性側が会見を開くなり訴訟を起こすなりしない限り、流れは変わらないだろう。もっとも、同席したとされる小沢さんのほうは、起用を見合わせる動きが出るかもしれない」
また、ある芸能事務所関係者は「詳細はわからない」と前置きしたうえでいう。
「数年前にも今回報じられた内容に近いことが書かれた松本さんに関する怪文書が流れ、一部の週刊誌が取材を進めたが、結局何もつかめずバラシになった。松本さんは過去にも自身のプライベートについて報じた週刊誌を提訴しており、今回も個人で『文春』を提訴する可能性もある」
松本さんは過去に写真週刊誌「フラッシュ」に肖像権を侵害されたとして、発行元の光文社などに1100万円の損害賠償を求めた訴訟を提起。2006年に東京地裁は光文社側に90万円の支払いを命じた。また、11年には同じく「フラッシュ」の記事で名誉を傷つけられたとして光文社などに対し1100万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求め東京地裁に提訴している。
別の芸能事務所関係者はいう。
「松本さんは、もうかなり前から『いつ芸能界を引退してもいい』という考えだとみられているが、今引退すれば加害を認めることになってしまうので、今回の件がきっかけで引退するということはないだろう。松本さんは芸人仲間や局のプロデューサーなどとはよく飲みに行っているが、ここ数年に限っていえば、一般女性との飲み会をやっているという話は聞いたことがない。報じられているような話も聞いたことがないので、よくわからない」
(文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授)