元放送作家の鈴木おさむ氏がNetflixの脚本料について、「地上波の5倍くらい」と明かし、大きな反響を呼んでいる。以前から、Netflixやアマゾンプライムなどのネット配信サービスはテレビ局に比べてギャラが高い、といわれているが、莫大な資金力を背景にテレビ局から人材が流出するという現象は起きているのか。また、このままテレビ局はネット配信に負けていくのか。専門家の見解と共にテレビ局の未来を展望する。
元放送作家の鈴木おさむ氏が9月21日、『ドっとコネクト』(関西テレビ系)に生出演し、自身が企画・脚本・プロデュースを務めたNetflixドラマ『極悪女王』について語った。そのなかで、役者のギャラについて問われると、「高いと思いますよ」と返答しつつ、「太る人は食費とかも出ます。ドクターもつくんで。健康管理の」と説明し、手厚いケアがあることも明かした。さらに続けて、「僕の脚本料も地上波の5倍ぐらい」と暴露し、周囲を驚かせた。
主演でダンプ松本役のゆりやんレトリィバァ、長与千種役の唐田えりか、ライオネス飛鳥役の剛力彩芽らが、役作りで大幅に体重を増加させたことは大きな話題となったが、その際には健康管理を行うドクターがいるというのだ。
俳優の松山ケンイチが、映画『聖の青春』に出演する際、体重を20kgも増量してプロ棋士・村山聖役を演じたり、鈴木亮平が大河ドラマ『西郷どん』(NHK)で20kg以上増量して主役の西郷隆盛を演じたことは大きな話題となったが、自ら役作りのために体重を増やしたといわれている。Netflixでは、きちんとドクターが管理する中で体重を増やしていることがうかがわれ、演者に対する配慮が感じられる。
2015年頃から定額制動画配信サービスが続々と日本に上陸し、Netflix、アマゾンプライムといったインターネット上での番組配信サービスは年々勢いを増している。映像業界の“黒船”と例える声も多く、その影響はテレビ業界にあらわれている。
テレビ局の過酷な労働環境
元日本テレビ・ディレクター兼解説キャスターで、上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏は、その事情をこう語る。
「ドラマの制作現場などでは、人材が配信サービスのほうへ流れています。特に優秀な人ほど早く流出しています。ドラマを作るにしても桁が違う資金があり、さまざまな面で余裕があります。反対に、日本のドラマ制作の現場はどんどん世知辛くなっており、ドラマの脚本を直前に渡して、1週間程度で撮影する、といった流れ作業のような制作現場も増えています。労働環境もキツイ、ギャラも良くないという状況です。
テレビドラマ『セクシー田中さん』(日本テレビ系)で、原作者・芦原妃名子さんの意向に反して脚本が改変されていたなどのトラブルが発端となり、芦原さんが亡くなった問題も、テレビドラマ制作の労働環境の過酷さが背景にあるといわれています」(水島氏)
テレビからネット配信へ、人材が流出しているとの指摘はあるが、外資系企業に仕事の場を変えることに躊躇する向きも多いのではないだろうか。
「もともとドラマの制作などにかかわっている人たちは、フリーランスに近い方々が多く、作品ごとにチームが組まれるわけです。照明、美術、音声など、さまざまな業種のフリーランスの方々が集まっている状況です。もちろん、照明会社、音響会社などに所属しているケースもありますが、ドラマや映画のスケジュールに合わせてチーム編成されているという状況は変わりません。そんななかで、たとえば報酬が1本1000万円のドラマと、1億円のドラマで、どちらに携わるかと聞かれれば、当然ギャラの高いほうを選ぶことになります。
日本の企業だから安心、外資系だから不安、ということではありません。そもそも、ドラマ制作などは不安定な労働環境です。もちろん、テレビ局の社員はいますが、プロデューサーやディレクターなど一部だけで、あとは非正規雇用やフリーランスの方がほとんどです。
つまり、“流出”とはいっても、転職とは違うのではないかと思います。テレビ局を退職して配信サービスの会社に転職する人もいるでしょうが、少数だと思います」(同)
「テレビよりネット配信」の傾向は今後も強まる
ドラマをはじめとして視聴者の興味は、テレビ局よりも配信サービスのほうに向いているように見えるが、今後もその潮流は強まっていくのだろうか。
「テレビのドラマはどんどん経費がなくなっていっています。たとえばテレビ局は、ひとつのドラマをつくると、そのスピンオフ版を同じテレビ局系の配信サイトで配信するという流れがあり、ドラマ制作の労力が数十パーセント増しになるわけです。しかも同時期の撮影期間で行われたりします。
対してNetflixは時間的、資金的に余裕があり、出演者への配慮も行き届いています。たとえば、7月に公開された映画『先生の白い嘘』で、主演の奈緒がインティマシー・コーディネーターを要望したにもかかわらず、監督が断ったことが波紋を広げましたが、まだ日本ではそのような専門的なところまで気配り・目配りをしたうえでのプロデュースは整っていないのが現状です」(同)
では今後、テレビ局はネット配信サービスに飲み込まれていくのだろうか。抗う術はないのだろうか。
「残念ながら対抗する術はないでしょうね。地道に良いドラマをつくっていくしかないのですが、現実的には難しいと思います」(同)
それではテレビ局のドラマは廃れてゆき、“ドラマはネット配信、テレビはバラエティ”といった具合に住み分けが進むのだろうか。
「どの世代がテレビを見るか、ということが大きいと思います。ビジネス的にテレビは先細ってゆく流れではあるでしょう。ただ、テレビは“リアルタイム”に長けています。しかし、コンテンツビジネスで儲けることは難しくなっていくと考えられます。新聞などのメディアが、ネット上のポータルサイトにコンテンツを提供するように、テレビ局もひとつのコンテンツを提供する一業者のような位置づけになっていくのかもしれません」(同)
少なくともドラマなどのコンテンツにおいては、テレビ局はNetflixなどのネット配信サービスに大きな差を付けられており、逆転することは難しいだろうとの見立てだ。
また、ドラマだけではなくスポーツの場にあっても、DAZNが存在感を強めている。プロ野球やサッカー、ボクシング、モータースポーツなど、さまざまなスポーツの中継を独占し、テレビ局が太刀打ちできないほどの力をつけている。
かつてはマスコミ業界の頂点に君臨し、映像業においては独占的地位にあったテレビが、今や明るい展望を描けなくなってきている。
(文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学文学部新聞学科教授)