イタリアンレストランチェーン「サイゼリヤ」の店舗で増えつつある“一人ぼっち席”が見た目が衝撃的だとして話題を呼んでいる。他の外食チェーンでもこうした一人用の席が見られるようになりつつあるが、なぜ増えているのか。また、コロナ禍でリモートワークを導入する企業が増えたことも影響し、カフェや喫茶店では少額の注文で何時間も長居するカフェワーカーが増加し、経営が圧迫されるケースも出ているというが、飲食店が一人席を設けることでデメリットを被ることはないのか。業界関係者の見解を交えて追ってみたい。
国内に1055店舗、海外に485店舗(2023年8月期)を展開するサイゼリヤといえば、リーズナブルな価格でクオリティの高い料理を楽しめることで多くのファンを持つことで知られる。200円(税込み/以下同)の「柔らか青豆の温サラダ」、300円の「辛味チキン」「ミラノ風ドリア」「ポップコーンシュリンプ」、400円の「ミートソースボロニア風」などが人気メニューとなっている。23年8月期連結決算は売上高が1832億円、純利益が52億円。営業利益ベースでは国内事業は赤字だが、好調なアジア事業の黒字がそれをカバーしている。純利益は前期比8.9%減となっているものの、売上高は増収、客数・客単価も伸びており、業績は好調といえる。原材料費の高騰を受けて外食チェーン各社が相次ぎ値上げに動くなかで、値上げをしない方針を打ち出すなど、外食チェーンとしては異例の試みも消費者から好感を持たれる要因となっている。
1人席の造りが重要なポイント
そのサイゼリヤで“お一人様専用席”を設置する店舗が増えている。形態としては、壁に向かって小さな一人用サイズの机と椅子が置かれ、両サイドには隣席との仕切りとなる壁があり、背中側は仕切りがない半個室状。テーブルの上には、店員呼出ボタンやモバイルオーダー用のQRコード、スプーンやフォークなどカラトリーの収納ケースなどが置かれている。店舗によっては電源ケーブルの挿し口もある。その席の見た目が衝撃的だとして話題を呼んでいるが、カウンター席にパーティションを設置して複数の一人席を横に並べる形態の店舗もある。
自身でも飲食店経営を手掛ける飲食プロデューサーで東京未来倶楽部(株)代表の江間正和氏はいう。
「1人席導入については高く評価できます。1人席の雰囲気や与える印象によって、お客さんの滞在時間に影響が出ると考えられます。狭くてシンプル過ぎて密閉に近い場合は『ぼっち感』が増しますし、完全な個室に近づくにつれてお客さんの自由度も増すので、滞在時間が想定以上に伸びたりしてトラブルの原因になる可能性が出てくるでしょう。電源コンセントの設置などでお客さんの利便性が増すと、集客につながりますが、過度にお客さん寄りになると回転率が低下するので、そのバランスが重要だと思います。飲食店の場合、お腹がいっぱいになればフードの追加注文は入りませんし、ドリンクもそうそう何杯も注文が入るものではありません。店舗の外で席が空くのを待っているお客さんがいる場合もあります。外からのプレッシャーを多少は感じる程度にして、ほどよいタイミングで退店していただけるような1人席の造りが必要になると思います」
サイゼリヤの一人席を利用したことがある30代男性はいう。
「200円のデカンターのワインとピザ、サラダ、そしてハンバーグや人気のラム肉の串焼きである『アロスティチーニ』といった肉料理を頼んでも2000円に届かない。破格のコスパで1時間ほどゆっくり一人飲みして、お腹もいっぱいになれる。通常の席で一人飲みをすると、やはり少しは他の客の目が気になるが、一人席だとそのデメリットも解消されて、一人で2人席や4人席を占領しているわけではないので、店側にも気兼ねしなくて済む。Wi-Fiのある店舗だとスマホやタブレットで動画を見ながら、ゆっくり飲めるので、1人席での飲みはまさに天国」
声をかけて退店を促すのは勇気がいる
ここ数年、「鳥貴族」や「スシロー」など、一人席を設ける外食チェーン店は増えている。背景には何があるのか。
「『お一人様』というワードが世の中に浸透し、飲食業界においても一人で行動するお客さんに利用してもらえるよう1人席を設けたり増やす傾向にあります。友達とお酒を飲みに行ったり食事をしたりするというのは『わざわざする行動』ですが、日常における食事は毎日のことなので、一人でも気軽にふらっと入れるお店があれば、そのお店を利用する人が発生します。ラーメン屋のカウンター、牛丼屋のカウンターは1人専用席ではありませんが、カウンターというのはお一人様が入りやすい環境です。1人席が用意されているお店だと、さらにその吸引力は高まります。そこに目を付けたお店は、1人席を意識した店舗の造りやメニュー開発をしています」(江間氏)
前述のとおり、カフェや喫茶店では少額の注文で何時間も長居するPCワーカーが増加し、その対応に店舗側が悩まされるケースが増えているという。カフェチェーンの店員はいう。
「ノートPCを開けて作業しているお客さんは多いですが、長くても1~2時間くらいで帰っていきます。たまにコーヒー1杯で4時間も5時間も席を占領している人もいますが、カップにドリンクが残ったままだと、声をかけて退店を促すのは、なかなか勇気がいります。それでも、明らかに食事が終わっているのに何時間も滞在している人にはフロアリーダーの判断で声をかけるルールになっています」
店舗側にとって想定されるメリット/デメリット
1人席を設けることによって、一人客が少ない注文で何時間も粘るケースが生じる可能性もあるが、店舗側にとって想定されるメリット/デメリットというのは、あるのか。
「メリットはかなりあります。1人席を用意していないお店でテーブル席の比率が高い場合、1人客をテーブルに通すと『死に席(=空いてる席)』が多くなってしまいます。壁に向かった1人席を用意すれば、店内の空間を効率的に活用できます。また、1人での外食にハードルの高さを感じる人が、ボッチ感が恥ずかしいとか、テーブル席を1人で占有するのは気が引けるといった理由でスーパーやコンビニで食品を買って済ますケースはあるでしょうが、1人席を用意しておけば、そのようなお客さんを取り込んで売上アップにつながるチャンスが出てきます。一度利用して慣れたお客さんが常連客になって来店頻度がアップすることもあるでしょう。
街場の普通の飲食店においては、仕切られた1人席を用意するのは難しいでしょう。食事だけでなくコミュニケーションも重視しているお店が多いからです。私が経営していた新宿のお店では完全な仕切りは設けずに、カウンター専用お一人様メニューを用意して、お一人様に来店してもらうことを意識していました。来店したお一人様に気軽に立ち寄れることを体験してもらうと、常連さんになってくれる人も多くいましたし、一人で来店したお客さんが、その後にグループで利用してくれるといった良い循環が生まれたりしました。
1人席のデメリットとしては、個室化してしまうほど滞在時間が長くなり回転率が落ち、経営効率が落ちてしまうことが懸念されます。通常、お一人様はグループ客よりも滞在時間が短いものです。食べてちょっと落ち着いたら席を立ちます。ただし、席で作業を始めたり、仮眠を取り始めたりすると、滞在時間が長くなってしまいます。暇なお店ならそれくらいは許容できるかもしれませんが、外で待っているお客さんがいるお店では、あまりいいことはありません。最初から滞在時間の上限を決めておけばこの問題はクリアされるでしょうが、居心地がいいだけを追求してしまうと長居から発生するトラブルを招くこともありますので、『ほどよい仕切り』程度に留めておくか、滞在時間の制約やルールを決めておいたほうがいいかと思います」(江間氏)
(文=Business Journal編集部、協力=江間正和/東京未来倶楽部(株)代表)