フジテレビ系報道番組『Live News イット!』が伝えている、全国に複数展開されている住宅型有料老人ホーム「ドクターハウス ジャルダン」の一斉閉鎖問題。給料未払いにより職員が一斉に退職し、運営会社の社長は雲隠れ状態となり、入居している高齢者が取り残されるという事態が発生。『イット!』報道によれば、入居者のオムツや布団が交換されずに汚れたまま放置され、一月当たりの入居者の死亡数は異常に多かったという。なぜ、このような事態が起きるのか、同様の事態は他の施設でも相次ぐ懸念があるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
「ドクターハウス ジャルダン」は株式会社オンジュワールが運営する住宅型有料老人ホームであり、東京都足立区の入谷、千葉市の寒川、横浜市の本郷台、福岡県北九州市の若戸に展開されている。寒川の施設は昨年12月、入谷の施設は昨年10月にオープンしたばかり。分類としては住宅型有料老人ホームにあたり、付随する訪問介護事業所からヘルパーが派遣されるかたちで事実上の一体経営が行われていたとみられる。オープン当初から現在に至るまで赤字経営が続き、社員への給料未払いが発生。職員が一斉に退職し、入居者が数週間に1度ほどしか入浴できないなど、入居者への介護など施設運営が正常に行われない状態に陥った。そして突然、閉鎖が決まり、入居者は1週間以内に退去するよう告げられたという。
東京都内の介護施設に勤める職員はいう。
「報道をみると、運営会社は職員が減るなかで黒字化のために入居者を増やそうとしていたということですが、職員が足りないなかで体の自由がきかない高齢者の入居者を増やせば、現場は破綻します。いかにこの経営者が介護施設の経営、現場に関する知識が足りない素人だったのかということが伝わってきます。現在、介護施設にとって一番の問題は人手不足であり、特に若い日本人の職員を採用するのは至難の業です。今は一般企業の初任給が引き上げられていることもあり、介護の専門学校や大学の専門学科を出ても一般企業に就職する人が非常に多いです。必要な人数をとても日本人だけでは賄えず、足りない分をなんとか外国人技能実習生の採用によって埋めている状態です。
ですが同じ職場で働く職員の国籍が多様化するほど、異なる文化や価値観を持つ職員が増え、現場の業務のオペレーションが難しくなったり、トラブルが発生します。日本人の職員についても、従来であれば採用しなかったような人まで採用して、結果的に人間関係がギスギスしたりといったことが起きています。そうした介護施設経営の難しさを、この施設の経営者はまったく理解できていなかったと感じられます」
厚生労働省によれば、22年度の介護職員数は約215万人で、26年度時点の必要数は約240万人と試算しており、約25万人増やす必要がある。40年度には約272万人が必要になり、約1.3倍に増やす必要がある。
なぜ経営が行き詰まったのか
介護施設の運営費用は主に介護報酬により賄われており、入居者の自己負担は1~3割、残りが介護保険料と自治体(国・都道府県・市町村)による拠出。介護報酬はサービスごとに定められた人件費率や地域区分の上乗せ割合などで決まるため、介護施設が自由に決められるものではない。収入としては介護報酬のほか、各種補助金・助成金がある。よって介護施設の収入は法律に基づいて決まる面が強く、また施設の経営は自治体による指導監督のもとで行われているが、なぜ「ジャルダン」のような事態が生じるのか。
星槎道都大学社会福祉学部准教授の大島康雄氏はいう。
「経営能力が乏しい状況で無理に事業展開することによって、資金繰りができない状況が発生したと考えられます。介護保険は報酬が決まっているため介護度などによって利益が決まってきます。そのため、利益計算しやすい分野ともいえます。一方、利用者は生活者なので、入院したり、退所することもあり、ヒューマンサービスとしての限界もあるわけです。一般的には入居者の数が定員の7割になることを前提に収支を計算することになりますが、イニシャルコストが高すぎるとランニングコストとして支払う資金が用意できずに、このようなケースが生まれる場合があります」
「ジャルダン」は入居費用が約8万円、月額費用が約10万円という低価格をウリにしていた。
「介護付き有料老人ホームであれば、(入居に伴う一時金の)一般的な相場は200~300万円くらいなので、安すぎといえます。低価格をウリにたくさん入居者を集めて、職員を雇い、サービスもたくさんつけて介護報酬を得ようという、ある種の貧困ビジネス的なことを、福祉業界に精通しない事業者がやろうとしていたという印象を持ちます。介護職員の不足が深刻化するなかで人手を確保するためには賃金を上げなければいけなかったりと、実際にやってみると想定のようにはうまくいかず、経営が行き詰まったのでしょう」(淑徳大学総合福祉学部の結城康博教授/10月15日付当サイト記事より)
介護業界で広まるM&A
介護施設の経営は厳しい。厚生労働省「令和5年度介護事業経営実態調査」によれば、介護施設・事業所の2022年度の平均収支差率(利益率)は介護サービス全体が2.4%であり、介護老人福祉施設はマイナス1.0%、介護老人保健施設はマイナス1.1%と赤字。介護事業者の倒産も増えている。東京商工リサーチの調べによれば、2024年上半期(1-6月)の介護事業者(老人福祉・介護事業)は前年同期比50.0%増の81件となっており、介護保険法が施行された2000年以降で最多となった。今後、同様の事例は増えていく可能性はあるのか。
前出・大島氏はいう。
「M&Aは介護業界でも広がっています。利用者は増えているのに、施設は吸収合併・廃業になっている状況です。運営会社の資本力の問題や、市場での競争に勝ったものと負けたものの差が出た結果といえます。介護保険は準市場といわれ、個人事業主が参入しにくく、介護老人福祉施設などの一部の施設は設立できない決まりになっている一方、住宅型・有料老人ホームなどは比較的容易に営利企業も参入することができます。介護保険が導入され25年たった今、競争力や経営力の差が生じ、このような事態が生まれたといえます。
今後も施設の統廃合は進んでいくと思います。経営面の深刻さは、利用者に跳ね返ってきます。介護報酬が、建築資材の高騰や土地代などの現状に合っていないという点も、経営的な課題といえます。それに加えて介護人材不足で通常の求人では人手を確保できず、紹介会社などを使うと余計な金銭的コストが発生するという悪循環が生じる点も課題の一つです」
前出・結城氏はいう。
「『高齢者が増加しているから客はたくさんいる』と考え、居酒屋やレストランを始めるような感覚で介護事業に参入する事業者が増えていますが、福祉法人をうまく経営していくためには、福祉の実態や制度への理解、深刻な介護人材の不足のなかでの人材確保、そして福祉の精神が必要なため、安易な感覚で参入してもうまくいきません。そうした事業者の施設が行き詰まるケースが今後増えるのではないかと懸念されます」(10月15日付当サイト記事より)
介護職員の賃金
他業種と比較して低いといわれてきた介護職員の賃金は、国の施策もあり年々引き上げ傾向にあった。24年度からは介護報酬が1.59%引き上げられ(処遇改善分が0.98%、その他の改定率が0.61%)、さらに処遇改善加算の一本化による賃上げ効果なども加わり、合計で2.04%相当の引き上げとなった。厚生労働省の「令和4年度介護従事者処遇状況等調査結果」によると、介護福祉士の平均給与額は33万1080円、保有資格がない介護士の平均給与額は26万8680円となっている。
(文=Business Journal編集部、協力=大島康雄/星槎道都大学准教授)