人を育てられない現場を変える…人手不足時代の“技術継承”を救うマニュアル革命

●この記事のポイント
・人口減少が進む日本にあって、企業が生き残るためには、属人的なノウハウを誰もが教えられる「再現性のある仕組み」に変えることが不可欠。多くの地方企業では、OJTに頼った教育が中心で、熟練者の技術やノウハウが言語化されておらず、新人が育ちにくい状況にある。これが離職率の高さや、教える側の疲弊にもつながっている。特に多国籍化が進む現場では、この問題がより深刻化している。
・スタディストは、「人が減っても事業が回る社会」の実現を目指している。同社が提供する「Teachme Biz」は、動画や画像を使ってマニュアルを簡単に作成・共有できるツール。これを利用することで、属人化していたノウハウを「形式知」として可視化し、新人が短期間で業務を習得できるようになる。
人口減少、採用難、技術継承の断絶──。地方企業が直面する人手不足の裏には、「仕組みがない」ことによる悪循環がある。長く続いてきた属人化されたオペレーションは、今や新しい担い手を遠ざけ、世代交代をも阻んでいる。
現場の熟練の技術をテクノロジーの力で継承することはできるのか。現場のマニュアル化の実態を、スタディスト代表取締役の鈴木悟史氏に聞いた。持続可能な地方の技術継承のヒントを探る。
目次
昭和のプロセスが残る現場──地方企業の構造的課題
「地方ではどの業種でも、『人が足りない』どころではなく、もはや“人材の奪い合い”です。それに伴い、給与水準が上昇し、収益性が悪化。業績に直接打撃を与えています」
スタディスト代表取締役の鈴木悟史氏は、現場で目にする課題をそう語る。
同社は、業務マニュアルの作成・共有ツール「Teachme Biz(ティーチミー・ビズ)」を提供するスタートアップだ。人手が不足する現場において、無駄のない合理的な業務オペレーションを実現するためのサービスである。これまで主に都市部で使われてきたが、近年は地方での導入も急速に進んでいる。
とりわけ引き合いが多いのは、昭和時代に設計された非効率なプロセスや、属人的な手順が色濃く残る現場だ。変化に向けた第一歩すら見えないまま、OJT(On-the-Job Training/実地訓練)に頼った教育が常態化している。マニュアル自体は存在していても形骸化し、業務が手書きのノートで共有されているケースも珍しくない。
たとえば、食品製造の工場は外国人労働者が多く集まる代表的な現場のひとつだ。かつては技能実習生の受け入れによって特定の国の出身者が多かったが、現在は国籍もばらばらな“多国籍軍”の様相を呈している。
属人化と「仕組みの空白」が生む負の連鎖
地方の現場では、マニュアルの整備が進まず、属人的な業務のやり方が続いている。新人への教育も、ベテランの経験や勘に頼ったOJTが中心だ。技術や手順を言語化できないまま、「見て覚えろ」と伝えるしかない状況が続く。その結果、外国人や未経験者には十分に伝わらず、教える側も疲弊してしまう。
店舗や工場では、教育に人手が割かれ、通常業務との両立が難しくなる。店長が育成にかかりきりになることで、他の従業員がフォローを受けられず、不満が高まるケースも多い。
属人化された環境では、新人の教育に時間がかかり、結果として離職が相次ぎ、教える側まで離脱してしまうケースもある。こうした“負のループ”が、地方の現場に深刻な構造的課題として広がっている。
「制服の着方や手の洗い方から教えなければならない。でも、教える人の手が足りない。やり方がわからないまま教えられ、教える側も疲れて辞めていく。こうした現場には、“仕組みの空白”が広がっています」と、鈴木氏は語る。
製造現場だけではない。たとえば鈴木氏は、地方の飲食店で貼られた「担々麺やめます」の張り紙に、危機感を抱いたという。
「地方に行くと、『今日は人が足りないので、担々麺やめます』といった張り紙を見かけることがあります。人手不足のため、注文数を制限せざるを得ないのだと思います。さらに、インバウンド需要の高い地域では、より条件のよい仕事に人が流れてしまい、店舗が立ち行かなくなりつつあります」
外国人労働者や短期のスポット労働者を頼るとしても、教える人の手が空かなければ何もできない。「人手不足」と一言で語られがちだが、その本質は「雇っても業務を引き継げる人がいない」ことにある。
経営者が採用に動いても、外国人材やパートタイム人材の受け入れには教育コストがかかる。現場は疲弊し、教える側も含めて人が辞めていく。この悪循環が繰り返されている。特に属人化が進んだ職場では、新人の教育に手がかかり、定着せずに辞めていく。教育に割ける余力も限られ、教える側も疲れ果てていく。

キーパーソンは「声の大きな人」
新人が辞めるだけでなく、教える立場のベテランまで離脱すれば、現場に蓄積されてきたノウハウの喪失は避けられない。とはいえ、テクノロジーの導入は決して簡単ではないと、鈴木氏は指摘する。
「社長がいくら積極的でも、現場のスタッフが実際に使わなければ意味がありません。システムを導入しても、現場の人たちがその意義を感じなければ、なかなか根づかないんです」
スタディストでは、こうした現場の反応の壁を超えるため、実際に現地へ赴き、作業風景を撮影。動画からマニュアルを生成し、その場で見せることで、納得感を得てもらう工夫をしている。
「実際にその場でやって見せると、『これなら自分にもできそうだ』と感じてもらえます。現場の“声の大きな人”を納得させることができれば、組織は一気に動き出すんです」
こうした現場に寄り添った支援があってはじめて、テクノロジーの力が真に活きてくる。
たとえば、ある部品メーカーでは、新人の5割が1年以内に離職していた。熟練技術者が新人に技術を教えるのに1年を要し、習得も難しいうえに定着しない状況が続いていた。そこで同社は、「Teachme Biz」を活用して業務をすべて可視化し、マニュアルとして形式知化することを決断した。
ただし、シニア層の技術者にとっては、マニュアルを一つひとつテキストで入力する作業は非常に負担が大きい。そこで「Teachme Biz」を使い、日常の作業を動画と音声で記録。その内容をシステムに取り込み、実行ボタンを押すだけで、動画マニュアルが自動で生成される仕組みを導入した。
動画には文字起こしが付き、さらに自動翻訳機能により、外国人労働者でも母国語でマニュアルを確認できる。「Teachme Biz」の導入で、1年かけていた工程がおよそ1カ月で習得可能になった。従業員の定着率も50%から90%へと大きく改善したという。
「頭の中にしかなかった非構造的な手順を可視化できることが、何よりの強みです。こうして蓄積されたノウハウは、将来的にはチャットボットからも検索できるようになり、教育コストはさらに下がっていきます」
脱・属人化は避けられない流れに
「『Teachme Biz』はあくまで手段であり、私たちが目指すのは“人が減っても事業が回る社会”です」
鈴木氏が掲げるのは、人口が4割減ってもGDPが上がる日本の実現だ。本当に付加価値を生む業務を見極め、マルチスキル化と再現性のある仕組みによって業務を効率化するためには、個人の熱意ではなく“仕組みそのもの”が不可欠だという。
「自動翻訳や読み上げ機能、AIによる支援など、どんどん機能は増えていますが、それは“どんな課題をどう解くか”を一つひとつ考えてきた結果です。テクノロジーは、利用者の課題に寄り添って進化しているのです」と鈴木氏は語る。

最近、鈴木氏が地方でよく耳にするのは、「スキルアップに応じて給与を払いたいが、その原資がない」という経営者の悩みだ。人件費の上昇、採用競争の激化、そしてノウハウの流出。多くの企業が今、初めて“仕組みの必要性”に本格的に向き合い始めている。
こうした中で、「Teachme Biz」のようなツールを導入する企業も着実に増えている。さらにスタディストは今年、BPO事業者(Business Process Outsourcing/業務プロセスを専門的に外部委託する事業者)をM&A(合併・買収)し、マニュアル整備にとどまらない“業務の合理化支援”にも乗り出した。
重要なのは、「テクノロジーを導入すること」そのものではない。人口減少が進むなかで、再現性のある仕組みをどう構築し、いかに業務を回していくかという発想を、企業が本気で受け止められるかが問われている。
現場に埋もれている知識を形式知として残す。人に頼らずに、誰もが教えられる仕組みを持つ。それは今、あらゆる企業にとって“生き残るための前提条件”になりつつある。
(寄稿=相馬留美/ジャーナリスト)









