需要は数千万トン、供給は数百万トン…カーボンクレジットの「構造的枯渇」をどう生き抜くか?

●この記事のポイント
GX-ETS本格化で需給ギャップ明確に──東証・JCM(2国間クレジット制度)・GXリーグ各事務局が警告。年間数千万トンの需要に対しJ-クレジット創出は100万~200万トン。初年度から準備しないと法令違反のリスク、価格はバンキング規制次第で1700円~5200円へ変動。民間JCM実装フェーズへ──環境省・経済産業省・農水省が総力支援。FS委託費100%、最大40億円の実証支援、AWD方法論が農業分野初承認。「緑インフィニティ」で116機関が参画、企業の投資判断オプションとして定着。
カーボンクレジットの「信頼」が技術と基準によって支えられつつある一方で、企業の脱炭素対応の現実はより切迫している。
2026年度から本格実施されるGX-ETS(排出量取引制度)は、もはや任意の取り組みではない。制度対応を怠れば、法令違反という明確なリスクが生じる。
フォーラム後半では、需給・価格・制度設計・支援策といった“現実の数字”を前に、企業が直面する実務課題が具体的に議論された。
●目次
- 中間Session①:事務局が語る需給と価格の実態
- 中間Session②:3省庁が語る民間JCM支援策
- Session③:排出量可視化の最前線
- Session④:GXスタートアップの挑戦
- 企業は何をすべきか
中間Session①:事務局が語る需給と価格の実態

BUSINESS JOURNALを運営する株式会社アングルクリエイト社長・飯島隼人氏のモデレートで、東京証券取引所カーボンクレジット市場整備室の松尾琢己氏、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの石川貴之氏、野村総合研究所の佐藤仁人氏が登壇した。
松尾氏は、2023年10月に開設したカーボンクレジット市場の現状を報告。参加者は347社、累計取引量は107万トン。年間換算で約50万トン、Jクレジットの年間創出量の約半分が取引されている。約定成立率は8割弱で、価格公示という市場機能を果たしているという。
価格動向について、再エネ由来クレジットは2024年4月から上昇し一時6000円台に。省エネ由来は2024年10月から急上昇し、一時5400円まで達したが、12月19日に上限価格4300円が発表されると4800円台まで下落した。「GX-ETS第2フェーズを意識した価格形成が実際に起きている。政策がはっきり決まるたびに価格が揺れ動いている」と松尾氏は述べた。
JCM(二国間クレジット制度)の制度設計と運用支援を担う石川氏は、GX-ETSがフル稼働した場合の需要を試算。日本の排出量の半分以上をカバーし、クレジット利用上限まで活用されると年間数千万トン規模の需要が発生する。一方、J-クレジットの年間創出量は100万〜200万トン程度。「残りの数千万トンのギャップを埋められるのはJCMクレジットしかない」と指摘した。

石川氏は、クレジット調達におけるタイムラグを強調。「プロジェクト開始から検証、クレジット発行まで2〜3年かかる。欲しいタイミングで買えるとは限らない。中長期的な調達戦略が必要だ」と述べた。
GX-ETSの制度設計を担う佐藤氏は、企業が2026年度に実施すべき実務を説明。直接排出10万トン以上の企業は自ら申請が必須で、申請しないと法令違反となる。初年度はアカウント作成と移行計画の提出だけだが、2027年度以降は排出量報告、割当申請、第三者検証が必要になる。
「初年度から認められたルールで計測し、検証機関との交渉も必要。2年度目から排出枠の過不足に応じて買い足すか売るかを判断するため、予算も初年度に確保すべき。移行計画を登録するだけだから楽だと思って何もしないと大変になる」と警告した。
将来の価格見通しについて、佐藤氏は「バンキング規制の内容次第」と説明。バンキングとは、ある年に余った排出枠を翌年に繰り越す行為を指す。規制が緩ければ、企業は将来価格上昇を見込んで余剰枠を売らず、クレジット需要が高まり上限価格4300円近辺で推移する。規制が厳しければ、企業は余剰枠を売り、下限価格1700円に近づき、クレジット需要は低迷する。
松尾氏は「バンキング規制が入らない前提では上限価格に張り付く見方が一般的。上限価格は年5%ずつ上昇し、2030年には5200円程度になる」と述べた。ただし「政策動向による」と全員が強調。来年度中に取引ルールが検討される見込みで、企業は複数のシナリオを想定した行動が求められる。
需要は数千万トン、供給は数百万トン。この構造的ギャップは、GX-ETSが単なる制度ではなく、市場そのものを再編する力を持つことを示している。
中間Session②:3省庁が語る民間JCM支援策

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社政策研究事業本部地球環境部第2グループ副主任研究員・山崎創史氏のモデレートで、環境省地球環境局国際脱炭素移行推進・環境インフラ担当参事官付JCM推進室JCM推進企画官の岡野泰士氏、経済産業省GXグループ地球環境対策室地球環境問題交渉官の木村範尋氏、農林水産省大臣官房みどりの食料システム戦略グループ地球環境対策室長の坂下誠氏が登壇した。
岡野氏は、JCMの現状を報告。パートナー国は31カ国(2025年8月にインドが加盟)、プロジェクトは290件。2030年度までに累積1億トン、2040年度までに2億トンの削減・吸収を目指す。
2025年に大きな進展があった。JCM Agencyが設立され、クレジット発行手続きがワンストップ化。2025年末にタイとモルディブで、パリ協定6条に沿ったクレジットとして初めて発行された。「民間JCMを組成する動きが増えており、こうした動きに応える環境整備が重要」と岡野氏は述べた。
昨年11月には「JCM適用基準」を策定。民間企業が主体となるJCMプロジェクトが増える中、どのような案件がJCMとして認められるかを明確化した。補助金は設備投資の20〜50%を支援するほか、MRV支援も実施している。
木村氏は、経産省の支援策を説明。GX-ETSでJCMクレジットが価値を持つようになったが、クレジット創出には方法論策定が必要で負担が大きい。そのため実現可能性調査(FS)を委託費用100%で支援し、方法論の有識者レビューも受けられる。
さらに「グローバルサース補助金」では、大規模実証に最大40億円、小規模実証に最大5億円、FSに最大1億円を支援。Green Carbonの大規模実証もこれで採択された。エネルギー起源CO2だけでなく、自然系プロジェクトにも活用可能だという。
木村氏は2022年着任時を振り返り、「当時は補助金ですよね、という話が多かった。民間JCMを説明しても『何のためにクレジットを取得するのか』と言われた。GX-ETS第2フェーズで意味が明確になり、関心が急速に高まった」と述べた。ただし「案件形成に時間がかかり、予見可能性を高めてほしいという要望もいただいている。制度側も企業と一体となって解決していきたい」と課題を認めた。
坂下氏は、農業分野のJCMについて報告。農林水産分野は世界のGHG排出量の約22%を占めるが、脱炭素投資は全体の4.3%にとどまる。この課題に対し、2025年5月に「緑インフィニティ」パッケージを策定。水田の中干し延長(AWD)、バイオ炭、畜産技術などの海外展開を推進している。
「緑脱炭素海外展開コンソーシアム」を2025年6月に設立し、116機関・企業が参画。フィリピンにおけるAWDでは、2025年2月に農業分野初のJCM方法論が承認された。「クレジット発行の兆しが見えた。ただし相手国との調整に時間がかかる。1つの成功事例を他国に展開していきたい」と述べた。
3省庁とも、民間企業の動きに手応えを感じていると述べた。岡野氏は「民間JCMへの関心が非常に高まっている」、木村氏は「投資判断の1つのオプションとして認知されている」、坂下氏は「コンソーシアム設立から半年で100社超の関心は大きい」と評価した。
一方で課題も共有された。岡野氏は「相手国ありきで不確実性が高い。方法論策定の負担軽減が重要」、木村氏は「方法論開発、特にリファレンス排出量の設定とモニタリング手法の確立に時間を要する」、坂下氏は「現地の農業者に方法を変えてもらう心理的ハードルをいかに下げるか」と述べた。
木村氏は「来年度4月・5月頃にFS公募を行う。過去の報告書は全て公開しているので参考にしてほしい。お気軽に案件相談を」と呼びかけた。
Session③:排出量可視化の最前線

カーボンクレジットの調達や取引を語る上で欠かせないのが、自社の排出量を正確に把握する「可視化」のプロセスだ。ボストン・コンサルティング・グループ黒岩拓実氏のモデレートで、セールスフォース・ジャパンの西田一喜氏とe-dashの池亀小百合氏が登壇。議論の焦点となったのは、算定の「効率化」と「精緻化」の両立である。e-dashの池亀氏は、企業の排出量算定の実務において、膨大なデータをいかに漏れなく収集し、管理するかの難しさを指摘。 セールスフォースの西田氏は、ITプラットフォームを活用することで、経営判断に直結するレベルまで可視化を高度化させる最前線の取り組みを披露した。
続いて、日本経済新聞NIKKEI GX編集長の京塚環氏のモデレートで、出光興産の田中洋志氏、住友商事の内藤秀治氏、三菱UFJ信託銀行の鶴岡秀規氏が登壇。クレジット創出の実務とファイナンスが議論された。単に排出量を測るだけでなく、それをいかに資金調達や企業価値向上に結びつけるか。GXは今や、経営・IT・金融を横断する高度な戦略領域へと広がっていることが示された。
Session④:GXスタートアップの挑戦

GX・脱炭素分野の市場拡大に伴い、先進的な技術とアイデアを持つスタートアップの存在感も増している。本セッションでは、各分野のトップランナーが登壇し、それぞれの独自アプローチをプレゼンした。
Archeda(アルケダ):衛星データ解析技術を用い、森林や自然界の炭素吸収量を高精度に可視化。
Earth hacks:消費者の行動変容をデザインし、生活者レベルでの脱炭素を促進。
バイウィル:地方自治体や企業のサステナビリティブランディングを支援し、価値化を推進。
Blue Carbon株式会社(旧は環境ポイント):環境ポイントプラットフォームを通じ、個人の環境活動を可視化。
これらのスタートアップは、大企業だけではカバーしきれない「精緻な解析」「個人の行動変容」「ブランディング」といったピースを埋める存在だ。 交流会では、これらの技術を自社のGX戦略に取り込もうとする大手企業との間で、具体的な協業に向けた活発な意見交換が行われた。
企業は何をすべきか

両日を通じて明確になったのは、GX-ETS第2フェーズの本格実施を前に、企業が今すぐ行動を起こす必要があるという点だ。
事務局の3氏が共通して強調したのは「情報収集」と「中長期計画」。松尾氏は「SSBJやGX-ETSの移行計画でクレジット調達戦略を経営課題として考えてほしい」、石川氏は「短期ではなく中長期的な視点で、設備投資計画と連動した調達計画を立てるべき。制度の予見性を高めることが我々の責務」、佐藤氏は「難しい制度だが、複数のシナリオを想定しながら意思決定を。ただし締め切りは厳守。法的制度なので遅れると法令違反になる」と述べた。
省庁側からは、支援策の活用を呼びかける声が相次いだ。木村氏は「FS事業や案件相談をお気軽に」、坂下氏は「コンソーシアムへの参画と予算活用を」、岡野氏は「補助金やMRV支援を積極的に利用してほしい」と述べた。
フォーラムを通じて浮かび上がったのは、日本のカーボンクレジット市場が「品質」と「実装」の両面で転換期を迎えているという事実だ。技術的な品質担保の仕組みが整い、政策的な需要も明確になった。あとは企業がどう動くかだ。情報を集め、計画を立て、支援を活用する。その準備を今すぐ始めることが求められている。
後半セッションで一貫して示されたのは、「準備を先送りできる時間はもう残されていない」という現実だった。クレジット調達には2〜3年のタイムラグがあり、制度は法的拘束力を伴う。
情報を集め、計画を立て、支援策を活用する。これらは特別な企業だけに求められる行動ではない。GX-ETSの本格化は、日本企業すべてに「脱炭素を経営として引き受けるか」を問うている。動き出す企業と、様子見を続ける企業。その差は、数年後に決定的な競争力の差として現れるだろう。
(取材・文=昼間たかし)





