導入5800社・運用600億円を突破…スタートアップが中小企業年金を民主化できたワケ

●この記事のポイント
株式会社ベター・プレイスは、DXと「選択制」スキームを駆使し、中小企業の企業年金導入を民主化したスタートアップである。エッセンシャルワーカーの資産形成を支援する「はぐくみ企業年金」は導入5,800社に上っている。運用資産を途上国のマイクロファイナンスへつなげ、世界の金融包摂を目指す「エモい金融」の全貌に迫る。
●目次
- 原体験:手取り14万円、社会を支える人がなぜ報われないのか
- 構造的障壁の突破:なぜ「中小企業の年金」は放置されてきたのか
- ブレイクスルー:信頼の連鎖と「インフルエンサー」の爆発
- 「エモい金融」の真意:誠実さが生む新しい信用
- 未来展望:1兆円の資産を動かし、世界の「金融包摂」へ
原体験:手取り14万円、社会を支える人がなぜ報われないのか
多くのスタートアップが効率や利便性を追求する中、株式会社ベター・プレイスは「誠実さ」と「優しさ」というキーワードを掲げて急成長を遂げている。代表の森本新士がこの事業に乗り出した背景には、介護職として働く実弟の存在があった。
「私の弟はいわゆる介護の仕事をもう20数年前からやっていまして、鳥取にいるのですが。当時、彼の手取りは13万〜14万円という世界で働いていました。その奥さんも保育士なのですが、やはり同じような手取り水準。なぜこんなに世の中を支えるような仕事を頑張っている人たちが、お金の面でこれほど苦労しなければならないのか。その思いがずっと根底にありました」
森本はその後、保険会社を経て年金のコンサルティング会社を立ち上げる。当初は大企業を顧客に制度設計を行っていたが、ある「違和感」が彼を突き動かすことになる。

「ある大手グループで企業年金の導入をお手伝いした際のことです。本社のホワイトカラー部門の方々は、確定拠出年金(企業型DCやiDeCo等)の話もスムーズに理解し、活用してくれました。しかし、同じグループでも現場の介護部門やビルメンテナンス部門の方々に説明すると、反応が全く違ったのです。株や債券といった金融の話は、どんなに分かりやすく説明しようとしても、そもそも興味を持ってもらえない。それどころか、話を聞くこと自体が苦痛という雰囲気さえありました」
給与に余裕があり、60歳まで資金が拘束されても困らない層と、日々の生活が精一杯で、将来のお金のことを考える余裕もない現場の層。森本はこの構造的なミスマッチを肌で感じ、「現場の方々が抱えているペインに応える仕組みを一から作らなければならない」と確信するに至った。
構造的障壁の突破:なぜ「中小企業の年金」は放置されてきたのか
これまで、企業年金は「大企業の特権」となっていた。そこには、スタートアップが付け入る隙のない構造的な「不毛地帯」が存在したと森本は分析する。
・金融機関が手を出さない「儲からない領域」
「中小企業に企業年金が届いていない理由は2つあります。1つは会社側に財政的な余裕がないこと。2つ目は、供給側の金融機関にとって採算がとりにくいということです。企業年金は手続きが非常に複雑で、導入時には膨大な書類が必要です。大企業なら一度に何千人も加入するので効率が良いですが、中小企業は手間ばかりかかって採算が合わない。だから、既存の金融機関では、中小企業のサポートには積極的に取り組んでこなかったのです」
さらに、ITリテラシーの壁も厚い。昨今ではネット証券が中小向けサービスを始めているが、それも「自分たちで手続きができる」ことが前提だ。介護や建設といった現場では、バックオフィスも余裕がなく、PCの前に座る時間が限られる現場仕事の方々にとって、複雑なITシステムは馴染みにくいもの。そこをサポートする存在がいなかった。
・徹底したDXと「選択制」という仕組み
ベター・プレイスはこの課題を、徹底した手続きのDX化と「選択制」というスキームによって解決した。「選択制」とは、給与の一部を前払い退職金に置き替え、「今、給与として受け取るか」「将来の退職金として積み立てるか」を本人の意思で選べる仕組みだ。
「この仕組みの最大のメリットは、積み立てた掛金が非課税になるだけでなく、社会保険料の算定対象からも外れることです。本人には税金・社会保険料軽減メリットがあり、同時に会社側も、結果的に労使折半分の社会保険料負担が減ります」
この「三方よし」の仕組みを、ITに馴染みがない現場でも導入できるように、説明会から手続きまでをパッケージ化して提供したことが、資産形成の民主化への大きな鍵となった。

ブレイクスルー:信頼の連鎖と「インフルエンサー」の爆発
事業が軌道に乗るまでには、多くの「幸運」と「執念」があった。特に、大企業や業界団体が主なプレイヤーである確定給付企業年金の世界において、実績のないスタートアップが認可を得るのは至難の業だった。
「厚生労働省からは『初年度から数千人の加入者がいないと認可は難しい』と言われ、一方で私たちは『認可がないと募集ができません』という、まさに卵が先か鶏が先かという神学論争を1年ほど続けました(笑)。結局、『設立趣意書』だけで全国の保育所を回るという泥臭い活動を始めました」
・最初の1社、そして信頼の連鎖
「最初の66事業所が集まったのは、私の力ではありません。保育業界の若手リーダーである立山先生(社会福祉法人森友会理事長)という方が、『森本が面白い制度を作るらしい。これは業界のためになるから応援しよう』と周囲に声をかけてくださった。『よくわからないし怪しいと思ったけど、立山さんが言うなら入るわ』という方も多かった。仕組みを考えたのは私ですが、命を吹き込んでくれたのは現場の方々の立山先生への信頼でした」
認可取得後、森本は北海道から鹿児島まで全国を行脚するセミナーツアーを敢行。あまりの過密スケジュールに倒れることもあったが、そこで得た確信が支えとなった。
「セミナーに行くと、半分くらいの方が『これ、凄く良いじゃない』と言ってくださる。実際に加入してくださった保育士さんから『これでお金の安心ができました、ありがとうございます』と声をかけていただいた時、『これはいけるな』と確信しました」

・YouTuberによる想定外の拡散
さらに、直近3年での急成長には「デジタル時代の追い風」があった。
「ある時、異常なほど問い合わせが来て、営業の予約が1カ月先まで埋まる事態になりました。調べてみると、有名な税理士YouTuberや会計士YouTuberの方々が、うちの制度を『最強の資産形成サービスだ』と取り上げてくれていたんです。私はYouTubeを全く見ないので最初は実感が持てなかったのですが、その拡散力は凄まじかった。そこで一気に桁が変わりましたね」
現在、同社のサービスは導入社数5,800社、加入者数11万人、運用資産額600億円を突破。圧倒的な成長を遂げている。
「エモい金融」の真意:誠実さが生む新しい信用
インタビュー中、同社を形容する言葉として「エモい金融」というフレーズが挙がった。森本はこの言葉の真意について、金融業界が抱える「情報の非対称性」へのアンチテーゼだと語る。
「金融の世界では、情報の非対称性をいいことに、必ずしも顧客の利益が最優先されない内容の商品を売り、自分たちが儲けることもある。私はそれが嫌なんです。だからこそ、私たちは徹底的に誠実でありたい。メリットだけでなく、デメリットも隠さず伝えます。『社会保険料が減ることで、将来もらえる厚生年金や傷病手当金がこれだけ目減りするリスクがあります』と。良い面も悪い面も全て見せるからこそ、お客様は信じてくださる。その誠実な姿勢が、結果として『エモい』と言われる信頼感に繋がっているのかもしれません」
また、同社の収益構造にもその思想が表れている。
「大企業相手のほうが売上効率がよいのは事実です。しかし私たちは、IT活用とDX化によってサービス提供コストを抑えることで、中小企業にも薄利多売の形で売上を立てることができています。また、企業年金は長期で積み立てるため、非常に解約率の低い制度です。そういった基盤があるからこそ、採算があわないといわれる中小企業の資産形成を、安い手数料で一生懸命支え続けることができる。大企業も中小企業も両方やる。それが、私たちの考える『誠実なビジネス』のあり方です」
未来展望:1兆円の資産を動かし、世界の「金融包摂」へ
現在、「はぐくみ企業年金」同社はさらなるフェーズへと足を進めている。運用資産額が600億円を超えると、機関投資家として「規模の経済」を活かした運用が可能になる。
「かつては難しかった、安定的に4〜5%のリターンを狙える不動産私募REITや、40年物の超長期債などが買えるようになります。加入者の方々に、元本保証の安心感と、3%以上の実質的なリターンをお届けできる入り口にようやく立てます。これは、金融のプロから見ても非常に強力なサービスです」

森本が見据えるのは、日本国内の課題解決に留まらない。現在、アジアやアフリカでの「マイクロファイナンス事業」にも関わる準備を進めている。
「先日もカンボジアの農村を視察してきました。50万円の融資を受けた農家の方が、ポンプを導入して川から水を引けるようになり、収穫量が劇的に増えて生活が豊かになった姿を目の当たりにしました。日本で働く加入者の方々のお金を、安全かつ高い利回りで運用しながら、同時に途上国の人々の自立を支援する。この『金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)』を実現したい」
日本の企業年金未加入者は約2,500万人。森本はそのうち150万人の加入を目標に掲げている。
「今後、我々は運用会社の設立を予定しています。「はぐくみ企業年金」はもちろんのこと、他の基金へも社会的責任投資を提案して、そのお金を運用することで社会をよりよくできないかと考えています。一人の弟の姿から始まった『優しい人が損をしない世界』への挑戦を、私たちは本気で、世界規模で実現していくつもりです」
「金融」というドライな世界に「エモさ」を持ち込む。それは単なる情緒的なアプローチではなく、徹底したDXによる効率化と、隠し事のない誠実なディスクローズに裏打ちされた、極めてロジカルな戦略だった。森本氏の語る「やさしい人がやさしいままでいられる世界」は、着実に、そして力強く広がり始めている。
(構成=BUSINESS JOURNAL編集部)











