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W杯“初出場”旭硝子製「ガラスベンチ」 その背後にある社運を賭けた経営戦略とは

文=井上久男/ジャーナリスト
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W杯“初出場”旭硝子製「ガラスベンチ」 その背後にある社運を賭けた経営戦略とはの画像1W杯で使われるガラス製ベンチルーフと、石村和彦・旭硝子社長
 6月12日から開催されているサッカー、2014 FIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップ(W杯)ブラジル大会を、日本のモノづくり技術が支えている。その背後には、したたかな企業のブランド戦略やグローバル戦略も隠れている。

 W杯の12の競技場に置かれる「ガラス製ベンチルーフ」は、旭硝子(AGC)が同社の最先端技術を結集して開発したもので、1会場に選手用2セット、審判用1セット、救護スタッフ用2セットの5セットが置かれている。旭硝子は計60セットをFIFAに納入、6月9日に設置作業が完了した。同社は12年、FIFAからブランドライセンス権を取得し、ベンチルーフの開発に乗り出していた。

 使用されているガラスは「化学強化用特殊ガラス」と呼ばれ、旭硝子の登録商標は「Dragontrail(ドラゴントレイル)」。スマートフォン(スマホ)やタブレット端末のディスプレイ向けカバーガラスとして使われており、世界で37ブランド300機種に採用されている。その特長は、薄くて軽いのに自動車用ガラスと比べて強度は8倍近くあり、透明度も高いことだ。スマホやタブレットの普及に伴い、旭硝子が11年に発売以来、売り上げは約5倍にまで拡大したという。

 W杯のベンチルーフにガラス製が採用されたのは初めて。これまでのプラスチック製に比べて傷つきにくく、劣化しないことなどが評価された。透明度が高いために、影も映りにくい。一流選手が蹴るサッカーボールの速度は最速で時速160キロメートル程度であり、実験で時速144キロメートルのボールを当てたが、まったく大丈夫だった。ちなみにベンチなので、実際にそれほどの速度のボールが当たることはないと想定している。

 今回、ベンチに採用されたのは、新製品の「Dragontrail X」。旧型に比べて強度が3割ほどアップして実用化はW杯向けが第一号で、今後、スマホやダブレット端末での採用が拡大していくと見られる。

●部門横断プロジェクトを推進

 日本を代表するガラスメーカーである旭硝子は、主力のガラス以外に化学や電子事業にも強みを持つ。このベンチルーフは社内の部門の壁を超え、総力を結集して開発された。「Dragontrail」はガラスと化学の技術を融合して電子分野向けに開発されたものだが、ガラス表面用の低反射コーティングや、耐久性が高いフッ素系塗料用樹脂、圧力分散性が高く座り心地の良い高品質ウレタンシート、座席背もたれの部分の衝撃に強い「ポリカーボネート」などは化学事業のノウハウを活用している。

 旭硝子ではこのガラスベンチルーフの開発に当たって部門横断的に20人近いエンジニアを投入してプロジェクトチームを立ち上げ、新規事業を推進する事業開拓室がその取りまとめ役を果たしている。W杯向けは収益ビジネスではないのに、ここまで力が入るのは、将来的にこの薄くて軽いガラスを、用途を拡大させて自動車のインパネ部分などの部材として売り込んでいきたい考えもあるからだ。自動運転など車のIT化を背景に、自動車の運転席周辺は今後、タッチパネル化が進むと見られている。同時に燃費効率を上げるために軽量化された部品の採用も進んでおり、薄くて軽いガラスはこうした流れに合致、商機があると睨んでいる。

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