このプロジェクトには、旭硝子が目指している理想の仕事の進め方への思いも込められている。同社は、「ガラス」「化学品」「電子」の社内カンパニーに分かれており、これまで技術や人材が部門内に囲い込まれ、部門間の壁が高かった。その一方で、市場(社会)は変化し、各カンパニー単独では顧客に対応できないことも増えていた。石村和彦氏が社長に就任以来、部門の壁を超えた製品開発を推進、事業開拓室の人員は一気に10倍近くの100人規模に拡大させた。
例えば、建築、自動車、電気などあらゆるノウハウが必要なスマートシティー関連でビジネスを獲得しようと思えば、カンパニーの縦割りで顧客に個別に対応していたら、意思決定が遅れ、競合に受注を奪われる。社内の技術を結集させてワンストップでビジネスに対応する必要性に迫られていた。このベンチルーフは、まさしく社内のさまざまな技術を結集させてW杯という一つのプロジェクトにワンストップで対応するビジネスモデルなのである。
また、旭硝子にとって「ブラジル」が大きなキーファクターにもなっている。これまでブラジルは手つかずで、欧米勢に後れを取っている。それを巻き返すため、13年秋から新設の自動車用と建築用のガラス工場を稼働させたばかりだ。投資額は約400億円。世界に拠点を持ち、グローバル化が進んでいる同社にとっても、単一工場では過去最大の投資となった。自動車用と建築用は分散して投資するのが通例だが、今回は両方を一気に立ち上げたからだ。ブラジル市場は両方の分野で市場の潜在成長力が高いと見込んでの投資である。社運を賭けたプロジェクトといっても過言ではない。
こうした中で、ブラジルで開催され、世界から注目されるW杯は自社の存在をアピールする格好の舞台となる。ガラスベンチルーフには「AGC」のマークも入っている。BtoB企業としては初めてFIFAのブランドライセンス権を取得したのも、新規参入するブラジルでの認知度を高める狙いがあるのだ。
(文=井上久男/ジャーナリスト)