由布院温泉、生活型観光地の圧倒的人気の秘密 住民の愚直な議論と、開発との戦いの60年
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
「ゆっくり温泉にでも行きたい」という願望は、毎日忙しい多くのビジネスパーソンにとっては、共通の願望といえるかもしれない。そこで今回は、大分県・由布院温泉を取り上げてみたい。ビジネス視点では、人気観光地と地域活性化を両立させた数少ない成功事例でもある。
各種調査による、温泉地ランキングで必ず上位に挙がる由布院温泉――。
例えば、リクルートが運営する旅行サイト「じゃらんnet」による「人気温泉地ランキング2014」では、行ったことがなく一度は行きたい温泉地を聞く「全国あこがれ温泉地ランキング」で1位に輝き(2位は草津温泉、3位は乳頭温泉郷・田沢湖高原温泉)、また行きたい温泉地を聞く「全国人気温泉地ランキング」でも3位(1位は箱根温泉、2位は草津温泉)となった。
各メディアで「湯布院映画祭」「辻馬車」「牛喰い絶叫大会」などのイベントはたびたび取り上げられ、温泉以外でも由布院は有名である。
●大資本を入れず、景観を守り続ける
特に2000年頃から人気に火がついた由布院だが、十数年たっても人気を保ち続けている理由は何か?
それは愚直なまでに町づくりを議論して実践した地元の姿勢にある。初めて由布院を訪れた観光客がよく「どこか懐かしい」という言葉を発する。町のどこからでも眺められる由布岳(標高1583.3m)とともに、昔ながらの農村風景が残っているためだ。
現在でも、由布院には大型チェーン店がほとんど存在せず、高いビルもない。宿泊場所の旅館は個人経営で、大資本が経営する大型ホテルはゼロ。飲食店もほとんどが個人経営である。数少ない例外が、大分県本社のファミリーレストランチェーンで、この店が進出する時も反対運動が起きたほど。個人店が連携して、創意工夫でお客をもてなすのがモットーだ。
個人店にこだわるのは、まずは住む人ありきという「生活型観光地」を掲げているためだ。開発でリゾートマンションが林立し、そこで暮らす生活者が少ない町にしたくないということが根底にある。
歴史の針を戻してみよう。1950年代後半の由布院は、山を隔てた大型観光地・別府に大勢のお客が押し寄せるのを横目に、閑散とした山村で“奥別府”とも呼ばれていた。高度成長期に入ると、別府が大型バスを連ねて訪れる団体客でにぎわう中、由布院は個人客を必死に呼び込んできた。