「『昼夜を問わず、生活のすべてを捧げて働き、生き残った者が経営幹部になる』というビジネスモデルが、その限界に達し、壁にぶつかったものということができる」
7月、すき家の労働環境改善に関する第三者委員会(委員長・久保利英明弁護士)はこのように指摘し、調査報告書でビジネスモデルの抜本的改革を迫った「ワンオペ」の早期解消や経営陣の意識改革を強く求めた。
報告書によれば、ゼンショーは2012年度以降、時間外労働などで64通にも上る是正勧告書を労働基準監督署から受け取っているという。さらに恒常的に月500時間以上働いていた社員や、2週間帰宅できなかった社員がいたことなども明らかになった。第三者委は「すき家の運営は法令違反であることはもとより社員の生命、身体、精神に危険を及ぼす重大な状況に陥っていた」と認定。「過剰労働問題等に対する“麻痺”が社内で蔓延し、『業界・社内の常識』が『社会の非常識』であることについての認識が全く欠如していた」と経営陣の認識不足を厳しく指摘した。
全国に約2000店あるすき家は、店員1人が接客から調理、後片づけ、会計などすべての仕事をこなす「ワンオペ」と呼ばれる深夜勤務体制を取っている。「ワンオペ」への不満がくすぶるなかで、2月にはライバルの吉野家が大ヒットを飛ばした鍋メニューに倣い「牛すき鍋定食」を導入した。牛丼をサービスするより数段に手間がかかるため、アルバイト店員が次々と辞めていった。
その結果、ゼンショーの労働環境に対する批判が強まり、アルバイト店員を補充できなくなり、今年4月には最大で123店舗が店を開けられない状態となった。このため小川賢太郎会長兼社長は4月28日、第三者委員会を設置し、改善策の提示を求めた。報告書の提出を受け記者会見した小川氏は、深夜に1人勤務になっている状態を解消する方針を打ち出した。
11年に警視庁が一斉調査
第三者委員会の指摘を受けゼンショーは8月6日、9月末までに前述のワンオペを解消することを決定したが、このワンオペこそが1982年の創業から30年以上たったゼンショーの急成長を支えた大きな要因のひとつだった。
外食チェーンの店舗運営では、調理と接客の最低2人が必要だとされている。ちなみに競合他社の吉野家は、客数が減る深夜帯でも最低2人を配置している。一方、すき家は深夜のシフトが始まる午後10時頃から一部の店舗でワンオペが行われ、翌朝9時頃まで孤独な作業が続く。たった1人で仕込みから注文、調理、レジ、清掃もすべて行わなければならない。売り上げの大きい店舗では深夜でも複数の人員が配置されるが、本社が決めた売り上げ目標を達成できない店舗は、首都圏でもワンオペが敷かれる。
このワンオペについて小川氏は「すべての時間帯において、売り上げに対応する科学的なシフト、労働投入を組み立てている」と語る。社員の生産性をいかにして極限まで高めるかという追求から編み出されたのが深夜帯のワンオペだった。全店には監視カメラが設置され、監視役の社員が24時間、クルーの動きをモニターしている。ちなみにゼンショーはこの監視体制について「強盗など防犯対策」と説明している。
吉野家や松屋がアルバイトの休息や安全上の問題から「夜間の1人勤務はありえない」としているのに対し、すき家は多くの店舗で深夜のワンオペが実施されていた。
このワンオペは、強盗の危険にさらされるという、強烈な副作用をもたらした。すき家をターゲットにした強盗が多発。すき家は飲食店の中でも強盗被害の多さで断トツだった。警察庁の調べによると、09年の被害件数は24件で飲食店のトップ。10年は57件と倍以上に増えた。同年に発生した飲食店を狙った強盗の総数は121件で、その半数近くがすき家だった。さらに11年1~9月に全国の牛丼チェーンで発生した強盗事件71件のうち9割近くに当たる63件がすき家で起きた。すき家が狙われる理由は、アルバイト店員の夜間1人勤務でレジが入り口近くに1台しかない店舗が多いためだ。
各都道府県警はすき家を個別に指導してきたが改善が見られず、事態を重く見た警察庁は11年10月13日、ゼンショーの担当者を呼び、防犯強化を要請したほか、同月25日夜から26日朝にかけて都道府県警に指示して、すき家の全国一斉の抜き打ち調査を行った。警察庁がこうした対応をするのは異例中の異例のことだ。これを受けてゼンショーは11年12月末までに全国1700店のうちの6割、12年3月末までに全店で深夜も複数勤務体制にすると表明した。
ワンオペ解消進まず、社員大量離職
しかし深夜のワンオペ解消という約束は、守られることはなかった。第三者委員会の報告書を受けた会見でゼンショーは「2人体制を目指していますが、今の進捗率は50%ぐらい。1日も早くこれを100%にしたいと思っています」と述べた。11年末にワンオペを解消すると言明してから3年半たっても、深夜の2人勤務になった店はやっと半分の状態なのである。
ワンオペの解消に二の足を踏んだのは、業績を直撃するからだ。ゼンショーの14年3月期の連結売上高は前年同期比12%増の4683億円を上げたが、本業の儲けを示す営業利益は45%減の81億円と大きく落ち込んだ。深夜時間の複数人体制による人件費の増加が、減益の主な要因である。
こうした厳しい労働環境を受け、就職などで学生クルー(アルバイト店員)が多く退職する2~3月に、手間のかかる新メニュー「牛すき鍋定食」の導入が追い打ちをかけ、クルーの離職が相次ぎ、店舗の大量閉鎖に追い込まれた。
急成長の源だったワンオペ廃止によりゼンショーは、ビジネスモデルの大きな転換という試練を迎えているといえよう。
(文=編集部)